【『楽屋』にて‥その5】
冷たい風が吹き込む洞窟の一室も、慣れてしまえばそう悪くも無い。自分の居場所と思うと、不思議と気分も落ち着くものだ。口の悪い者はそれを巣と呼んでいるが。
「あ―こたつで寝てる―。ずるい―」
「ずるいっておいおい!頭突っ込むなよ酸欠になる」
「炭の燃える匂い好き♪」
「危ねぇな‥足だけ入れてろよ」
「ね―、今度この中でにゃんか焼いてもいい?お芋とか栗とか」
「構わねぇけど忘れたらごめんな」
「見張ってるって。あたしも寝ちゃったりして♪では今回も、かばん拝見ターイム!!にゃうにゃう☆」
「ほんと嬉しそうに頭突っ込むよな‥」
「またパチンコ玉があるぅ。おお、半分食べたどら焼き発見!‥早く食べにゃさい、かび生える前に」
「一遍に食えなくてよ」
「後は洗面用具とか‥あれえ?お土産はぁ?」
「いま俺が枕にしてる」
「こらぁ退きにゃさい!にゃんて事すんの☆れもんけーき?にゃにこれ」
「通りかかった街で見つけてな。俺のちっこい頃の、思い出の菓子なんだ。二十年ぶりかなあ★」
「へ?おまえ昔は子供だったの?」
「ちと待てなんだそれ」
「だっておまえはそれで生まれて、そのまま生きて死ぬもんかと、にゃっ痛っ!ごめんにゃさい―☆」
「俺は何もんだ?ったく‥そんでついつい感動しちまってな。買い込んできた」
「味見していい?」
「おう、俺も喰いたくてしょうがねぇ、一箱開けようや♪」
「ばりばり―♪おぅ、にゃんかいっぱい入ってる」
「あぁ?あ、れれ?こんなんだったか?」
「にゃに記憶と違うの?」
「いや昔はこう、一個一個紙袋に入ってて、もっとこう丸々してて」
「お味は?ほれ☆」
「おう‥むぅ、味ももっとこう、歯応えさっくり味わいしっかり、むぅ‥でもこれレモンケーキだよな‥俺の思い出ん中じゃ、もっとその」
「にゃるほど、誰でもちっちゃい頃の思い出はきらきらしてんだにゃ☆大事にしにゃいとね(もそもそ)」
「時代、かぁ‥まあいいや紅茶飲むか?午後のって書いてっけど構わねぇだろ」
「飲む♪みるくのやつ」
燃料や原料が値上がりしても、単価はおいそれと上げられない。要するにこれも時代、なのだろう‥
「なんてことないマドレーヌです―」
「…ニノンさん?」
「あう。美味しいです―」
「いいって、そうびっくりする程旨ぇもんでもねぇし‥くそっ、俺は負けんぞ。次は黒棒だ」
「あの黒砂糖のお菓子の事ですか?」
「いや悪ぃけどああゆう、すかすか麸菓子の黒糖掛けと一緒にしちゃいけねぇ。俺の知ってる黒棒はこう、ふっくらもっちりさっくりしてて」
「また始まったあ。さっきちょっぴり傷ついたばっかしでしょ」
「でも忘れらんねぇんだから仕方ねぇだろ‥」
「違うんだ!私が知っている唇は‥ああゆう世界?」
「いやあすこまで熱烈に生臭くもねぇけど‥まあせめて中身は、チープなカステラくれぇでねぇと」
「調べてみた?」
「ああ、携帯で。麸菓子の奴ばっかだった。やっぱQSHU行かなきゃだめかな‥」
「にゃにそれ何処?」
「俺の出身地」
その時、窓をこつこつと叩く者があった。見ると黒龍が窓から覗いている。
「よう、ハダス。どした」
「どしたではない。貴様、女性陣にだけ土産を持ってきて我々には何も無しとはどういう了見だ」
「あぁ?あんたら菓子なんざ喰えるかーっつってほん投げるじゃねぇかよ」
「貴様が甘くて可愛いものばかり持ってくるからだ‥然しだな。我々もこう、たまには‥解るか?」
「‥成る程。ちょいと待っててくれ」
洞窟に戻る。
「何だ?この平たい物は」
「ブラックチョコだ。それも究極の。砂糖もミルクもゼロの奴」
「それじゃ苦いだけです―食べられないです―」
「なんか甘いもん一緒に喰えばいいじゃねぇかよ」
「それじゃ二重に肥るでしょっ★」
「肥る前に運動すりゃいいじゃんよ‥」
「らんぼうもの―!」
「な事いってもな‥どうだハダス、お味の方は」
「む、むううう‥(ニッコリ)」
「うわ、くろたんが笑ったとこ初めて見た」
「誰がくろたんだ馬鹿猫!貴様、中々気が利くな。有り難く貰っておくぞ♪」
「あぁ、全部持ってって皆に頒けてやってくれ。じゃ俺は昼寝の続きでも」
「あ―お茶でも飲んでいってください―♪」
「茶なら持ってる、気ぃ遣うなよ」
「出来合いではありませんか、さ、お座り下さい☆」
彼女達の時間は、男共の時間とは明らかに違う‥悪くはないが、少々居心地がよくない‥
「…その黒棒の中身は何だったんですか?」
「ビスキュイだったんじゃねぇかな」
「食べたんじゃないの?」
「いんや‥お呼ばれした時だされたんだけど、見るからに高級で。気後れして手ぇ付けらんなかった」
「ま―!勿体ないです―」
「今でもちょっと後悔してる。食ってみてぇな」
「行きにゃさい、探しに行きにゃさい。見つかんにゃかったら、にゃんか違うもの買って、お土産に持ってきてね☆」
「おいおいおい★」
すごく可愛いカップで紅茶が出てきた。やっぱしこうゆうのは性に合わん。でっかい湯呑みでも持ってくっかな‥
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