【黒猫ぽすと】
―かんしゃの気持ちの巻―
或る夜の事。セリアが一人、お家の外のかまどの前に毛布を羽織って座っていた。
「にゃんども失敗したからにゃあ‥ぷりんとけーきのれしぴを間違えてたんだ♪ちっ、あたしとした事が」
かまどから果物と強い酒の香が漂ってくる。
「今度こそ成功かにゃ!?」
空は一面、もこもことした灰色の雲に覆われている。こういう夜は、あまり強烈には冷え込まないものだ。「さて、いいかにゃ―☆」
大きな皮の手袋をはめ、蓋を開ける‥そして翌朝。
「ねぇふろーら、聞きたい事があるんだけどにゃ」
「何ですかセリアさん。神妙なお顔をなさって」
「神妙にしろぉいっ、て顔?いやその、感謝って感動して謝るって書くでしょ?」
「そう書く処も有りますね‥美しい言葉です♪」
「にゃんで?感動は解るけど、にゃんで謝るの?」
「貴女も普段、仰いませんか?そのように」
「む―。例えば?」
「何方かにお世話になった時ですとか」
「有り難う♪」
「お土産を戴いた時とか」
「ご馳走様♪」
「ん―‥ではお世話になった上、ご馳走して戴いた時ですとか」
「戴きま―す☆」
「素直な方ですね♪でも他にもありませんか」
「にゃう―‥解んにゃい」
「ほらぁ、すみませんどうもって言うでしょっ♪」
「あぁにゃるほど。りさはそうゆうんだ」
「え―皆言わない?フロレットさんは何て言います?」
「これは申し訳御座居ません、頂戴致します、と」
「うわ、さっすが☆」
「いつもそうゆう?」
「いえ、毎回では♪」
「ふろーらもすにゃお☆にゃる程にゃっ得した‥」
「ですがどうなさったのですか、急にそのような事」
「にひひ、実はね。じゃじゃ―ん!」
「あっプラムケーキ!やったじゃん、遂に成功したんだ☆」
「毎晩毎晩失敗してたら、いー加減ばれてるよにゃ‥昨夜やっと単純にゃ間違いに気付いてね?む―♪」
「感謝とはこのお菓子の事でしたか☆素敵な出来栄えです」
「やめてよふろーらぁ♪これからばんばん焼くからね‥まぁおまえらは勿論だけど、ほら、ぽすと置いて大分たつでしょ?」
「季節二つ分だっけっ☆結構たつよねっ」
「うんうん♪まあ一周年にゃんて言わずに、年の終わりにいっちょにゃにかしたかったの。街のみんにゃからいっぱい依頼が来て、充実してたからにゃ―☆あたしからの感謝の気持ち」
「素晴らしい考えです!わたくし達も何かお手伝いできる事はありますか?」
「いっぱい焼くから手伝って欲しいにゃ☆」
「あ―何かいい匂いがします―」
「わぁニノンちょっと待って、あなたはやばいっ」
「え―何でですか―?リシェルさんだけずるいです―」
「きょ、強烈‥すごいお酒の匂いがする」
「セリアさん?何を使ったのですか」
「ぶらんで―と、ご―るどらむと、どらいじん。さんだぁぼるとぉ☆」
「ぼるとぉ☆ではありません。ちょっとそこへお座りなさい」
「にゃう―♪」
切り分けられたプラムケーキ。素朴な木の皿のうえ。
「雷電という意味ですね?由来は何ですか」
「解んにゃい。でもコピーにゃら知ってる。これを2杯も飲むつもりにゃら、帰りの馬車を呼んどきたまへ♪格好良いでしょ」
「あまり強いお酒を使うのは如何なものかと。小さな方々にも差し上げるのでしょう?」
「2時間も焼くんだよ?匂いしか残ってにゃいよ。ね、にのん」
「うふふ―☆」
「げっ嘘っ酔ってる!?そんにゃばかにゃ」
「ほら御覧なさい。折角の感謝の気持ちが却って仇になっては、何にもなりません。お酒を使うのはお止めなさい」
「だってあたし平気だよ」
「あなたは特別強いのっ!夏はエールを、お水みたいに飲んでたし☆」
「滅多に飲めにゃかったけど。にゃつはあれでもいいけど、冬はやっぱしこれ位じゃにゃいと♪」
「お強いのは認めますが、わたくしは感心しません」
「だってぇ‥にゃいと寒くて動く気しにゃいし。街の誰かが困ってんのに、あたしがお布団もぐって震えててもいいの?」
「ふう‥分かりました。ではお強い方と、そうではない方用に、きちんと分けてお配りしましょう」
「やったあ☆あのね、実はれしぴ間違えて、ぷでぃんぐ用の雷電漬け、たくさん作って困ってたの♪」
「貴女という娘は‥♪」
‥先日の雪が、まだ少し残っている。道の隅っこや、低い木の上に、円く積もっている。
「感謝感激雨あられ、か。言葉じゃ分かってるけど、実感とにゃると難しいにゃあ‥どんにゃ感じにゃんだろう」
「…ウフフフ、確かに言うだけなら簡単ですよね♪」
「うわびっくりしたっ。にゃんし―か」
お家の前の植え込みにナンシュアが背を丸めて座っている。
「にゃにしてるの?」
「…葉っぱの上に積もった雪の帽子を見てます」
「あ―にゃんか円くて帽子みたいだにゃあ」
「…今日はいい天気です。端の方から雫が落ちて、とても綺麗です♪」
「きらきらしてるにゃ♪」
「…感動しませんか?」
「はて。綺麗にゃのは解るけど、にゃんで?」
「…ふう。やっぱりですか…貴女はもう少し、感動や感激の練習をした方がいいと思います。実感が無かったら、人にも伝わらないと思いますよ?」
「あたしの感謝が?」
「…そうです。ここに座ってて、聞いてました☆」
ナンシュアは、嬉しそうに羽根をぱたぱたさせた。
「…練習しましょうセリアさん。毎日がさらに充実してきますよ♪」
「にゃんし―、にのんより、感動やさんだもんにゃ☆教えて、どんにゃ感じ?」
「…その前に、それはどういう意味ですか‥いいですけど☆私が、こんな風に、声を低めて話すのも、感動する気持ちが薄まらないように、なんです」
「普通にはにゃしたらだめなのかにゃ」
「…駄目とは言いませんけど、すごく難しくなりますよ?体を動かす事にばかり気を取られていると、心はお休みしたままです」
「ごめん、聞いてて難しすぎ。にゃんかもっと解りやすい例えにゃい?」
「…そうですか?それではどんな感じなのかを♪」
「知ってるの!?って知ってるよにゃ☆教えて」
「…貴女はいつも、ん―って伸びをして、ぶるるって震えますよね?どんな感じですか?」
「む―。頭のにゃかがじんとして、にゃんか明るい気持ちににゃって、暖かかったり涼しかったり」
「…それです、ウフフフ。ちゃんと解ってるじゃないですか…いつでも出来ます♪」
「ほんと―?にゃんし―、あたしの事、からかってにゃい?」
「…いいえ、決して。確かにそんな感じですよ」
「そうにゃの?ふむ。んじゃ練習してみるかにゃ‥」
「…ありとあらゆるものの中から、特に貴女の目と耳と心に好いものを、思い切り喜ぶんです♪」
「にゃんとにゃく解る、お散歩ついでに練習してくるね♪」
「…はい♪つまりそういう人が、心の清らかな人、と言う事です」
「同時にそうじゃにゃい物が、許せにゃくにゃったりして☆行ってくるね」
久しぶりの『空色』の空。湿った埃臭さが、きれいに抜けた空気。あちこちで雪の帽子がきらきらしてる。「るるるる♪いけにゃい、つい喉がにゃっちゃう♪にゃる程、にゃんし―が言った事、解る気がする‥」
大きく深呼吸したら、頭の中がじんとした。
「そっかこれか。よぉし練習開始!」
‥胸いっぱいのかんしゃの気持ち。じっとしてたら暑い位の、冬の陽射しに。ぴんと立てた耳の間を、時々吹いてく静かな風に。聞いてるだけで喉が潤う、水の音に。靴がめり込まない程度の、柔らかな地面の感触に。
「にゃ―う‥すっごい平和にゃ気分」
‥小さな誰かにかんしゃの気持ち。逃げないでこっちを見てる小鳥の眼に。小川の中を泳いでる、小さな魚に。雪の間の、名前を知らない花の蕾に。時々、木々を縫って走る、りすの尻尾に。
「そっか。いつかにのんに聞いたっけ。ぼ―っとしてんじゃにゃい、感動してるんだって」
‥大事な家族にかんしゃの気持ち。楽しい時も、悲しい時も、いつも一緒にいてくれる。間違った時は、教えてくれる。いつもお家で、待っててくれる。
「あ―セリアちゃ―ん!やっと見つけたの―!!」
空から、ルディアとビリーが手紙を持って降りてきた。
「きゅい♪」
「アルマちゃんから、お手紙なの。忘れてなぁい?って伝えてって言われたの☆」
「忘れてる訳にゃいでしょあいつもあたしの友達♪」
手紙にはこうあった。
『セリア、お茶会の事忘れてなぁい?準備は出来てるよ。お父様ったら、あなた達が街中駆け回って、困ってる人の為に頑張ってる人たちだって事、知らなかったみたい。普通の人間ではないものを、家に入れる訳にはいかん―、何てこないだまで言ってたんだよ。失礼だよね♪
でもフェルマの一件でやっと判ったみたい。私が説得のついでに説明したら、反省してたから許してあげてね。いつ来てくれる?ルディアちゃんに直接伝えてね☆』
「あ。忘れてた」
「ほら、やっぱりなの」
「いやその、一件落着―って言った後すぐ、この問題おしまい―って思って。お礼にゃんていいのににゃ」
「それは違うと思うの。アルマちゃんからの感謝の気持ちちゃんと受け取るまで、この問題おしまいじゃないと思うの」
「きゅ―い」
「感謝って‥おまえも解るの!?」
「当たり前なの☆あたしのご飯は、想像力とそれなの。後でぺ―してもいいなら、食べるふり位してあげてもいいけど」
「む―‥あたしも急ぎの用事があるし‥今日じゃ駄目かにゃ」
「今日なの!?まだ午前中だけど‥わかった、ちょっと伝えてくるの」
ルディアは、弾丸のように飛んでいった。「お願い―♪そんじゃびりぃ、一緒に帰ろ」
「きゅうい☆」
お家の近くまで来ると、プラムケーキのいい匂いが、そこらじゅうに漂っていた。
「あ―セリアさん―、お勉強は済みましたか―♪」
「どしたのにのん、マスクにゃんかして」
「お酒の匂いを吸いすぎないようにです―」
「…感激の調子はどうですか☆」
「貴女のお話を伺って、居ても立っても居られずに‥作れるだけ作ってしまいました♪あと一時間半はかかりますが」
「おまえらって本当、良い奴だにゃあ‥かんどお‥」
「うわ、いい雰囲気っ!やったじゃん、勉強上手くいったんだっ☆」
「頭にゃでにゃいでよも―りさっ!あのね、もしかしたら今日あるまん家にお茶会に行くかも知れにゃいの。みんにゃで行くよね?」
「え、え?急なお話ですね」
「…ケーキは?」
「お昼ご飯までには焼けるよっ♪ラッピング、後回しにすれば間に合うんじゃない」
「ですよね―♪でも、アルマさんにも、お土産に少し包んだ方がいいです―」
「おっけ―!!隠し味に必殺さんだぁぼるとぉ☆」
「禁止です。大人の方限定になさい」
「にゃう―‥」
ルディアが戻ってきた。
「OKなの☆お三時までには来てほしいそうなの」
「あ―楽勝です―♪銀紙とリボンはリモンさんとタマルさんが用意してくれてますし―」
「…では本番は明日という事で、今日は持てるだけ持って行きましょう☆」
「だよにゃ♪よおしあたしも頑張るっ!!」
およそ三時間半後。セリア達はアルマの屋敷の前にいた。
「あなた方をお待ちしていました」
男性が、深々と頭を下げる。
「な、何か緊張します―」
「お茶会にゃんだってば」
「入り口から門まで、すごく遠いね‥」
「ん―惜しいっ。お庭がこんにゃ石ばっかじゃにゃかったら、あたし達のお家に近いんだけどにゃ―」
「も―セリアったら!なんて事言うのっ★」
玄関に着いて扉を開けるとアルマが待っていた。肩が隠れる位の金髪を、リボンで軽く結わえている。
「ご機嫌ようセリア。やっと直接あえたね☆」
「こんちはあるま♪あたしスカート短いから、そうゆう挨拶できにゃいけど。所でこの人達、おまえの家族?」
「いえいえ、使用人にございます、お客様(苦笑)」
「(こら―猫ちゃん!お部屋入ってケーキでるまで、大人しくしてて!)」
「クスクス‥いいの、判ってる。今日は何だって貴方に合わせるね、セリア☆」
「ほんと?じゃあね、椅子とか退けてみんにゃで絨毯に座んにゃい?その方がずっと楽し―♪と思うにゃ?」
‥恐らくアルマの自宅では、初めてであろう気楽なお茶会が始まった。流石に菓子や飲み物は、上品な丸い台の上だったが。
「お姉ちゃん、どれとどれ食べていいの?」
「みんにゃいいんだって♪好きにゃだけとってね」
「ねえ聞かせて♪普段どんなお願いが来るの?」
‥暖炉の火が明々と燃えている。蝋燭なのに、不思議に明るい燭台。沢山のお菓子。
「あ、ちょっと待って。あたし達も、お土産持ってきたんだよ☆」
「わあ、なあに?まさか作ってくれたの!?」
‥大切な友達に感謝の気持ち。こうして会えて、お茶会できる事に
‥☆おわり☆--
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