【黒猫ぽすと】
―うぃんたあろぉずの巻―
太陽の軌道がかなり低くなった。真昼でもあらゆるものが、何となく黄色に見える。夏の暑さが長引いたせいか。遅くなって色付いた柿が、熟しきって真っ赤。ここは森の入り口、丘のふもと。ぶよぶよの柿を、小鳥たちがつついている。
まあ堅いうちは、渋くて食べられないのだが‥セリアが何か包みを抱えて街から戻ってきた。柿の実を突く小鳥たちを見上げている。
「あうるるる、寒い」
足早に森に入っていく。何か落とした。林檎のようだ‥とことこ戻ってきてそれを拾い、また歩いていく。
そして森のなかのお家。然し彼女は、真っすぐ家に入らずに包みを抱えて洞窟の中へ入っていった。
「お姉ちゃんお帰り♪」
「ただいま♪お外は寒いにゃ‥林檎買ったら貰った、たまるにあげる」
木彫りの体に服を着せた、小さな人形。毛糸の髪を付けるなど、なかなか仕事が細かい。
「わぁ可愛い!ありがと」
「窓から見えましたよ―?洞窟で何なさってたんですか―」
「にゃいしょ☆今度みんにゃをびっくりさしてあげる‥にゃんたって禁断のれしぴだからにゃ、にひひ★」
「楽しみで怖いです―♪」
「さあてと、買い物したら疲れたにゃあ。お昼寝!」
「‥残念ですけど―、私のお布団は―、今お外に干してるんです―♪」
「え―!いっかそれでも」
「ですからどうしてそっちへ行くんですか―!ご自分のベッドで寝て下さい―」
「だって最近一番陽当たりがいいの、おまえのとこだもん」
「そうして季節ごとに、一番いい場所を独り占めするの、にゃんにゃんの悪いくせです―」
「そんにゃ事にゃいよ?おまえも一緒に寝ていい☆」
「ですから私のベッドなんですってば―」
「あ、猫ちゃんだ。お帰り御手紙来てるよ」
「あのにゃ。いい加減あたしをそう呼ぶのやめにゃいと、お返しに人魚ちゃんって呼ぶよ」
「別にいいよ♪スカートで隠れてると、判んない人が多いから」
「‥まあいい、ありがと」
「持ってきてないよ?上に置いたまんま」
「この人魚ちゃんは‥」
「たまる、もうお話してもいい?」
「あぁごめん、にゃあに」
「絵本読んで♪」
「おっけ―☆でもお手紙が先ね」
「うん♪」
二階の屋根裏部屋。今時分は丁度木陰になるので、昼間でも薄暗い。
「あ―このお手紙、あるまって人でしょ」
「にゃんで判るの」
「くすりの匂いがする」
「ああこれ。ころんってゆうんだって。たしにゃみだそうだけど、あたしは好きじゃにゃいかにゃ‥」
「どんなご用事?」
「ええっと、どれどれ」
『ご機嫌ようセリア。あのね、何て言ったらいいかな‥うちのフェルマの具合が悪いの。動物のお医者なんて居ないし、人間の薬は怖くて飲ませられないし‥フェルマの事で一杯で何も考えられない。何かいい方法知っていたら教えて』
「ふぇるまって、ふぇれ―にゃんとかってゆう変わったいたちの事だよにゃ。たまる知ってる?」
「たまるも知らない。森にはいないよ?」
「外国から輸入したやつかにゃ。解んにゃい」
「ねえ、どうしよ」
「む―‥みんにゃに聞いてみよっか」
テーブルの上にクッキーの皿。
「ねぇ、こないだの青林檎の香りのハーブある?」
「あるよおっ♪気に入ってくれた?窓辺に鉢置いて育ててるの☆」
「あら?どうなさいましたセリアさん、難しいお顔をなさって」
「おぅふろーら‥おまえが一番、薬草とかに詳しそうだにゃ。教えてほしい事があるんだけど」
そして、テーブルの上にはハーブティ。「動物の、ですか‥申し訳ないのですがわたくしには何とも」
「季節柄、風邪じゃない」
「直接見ないと判んないよぉ。ただ判っても処方まではちょっと」
「…風邪は万病のもと、という言葉を聞いた事があります。では万病に効く薬はあるのかと言うと」
「ないですね―そんな都合のいい薬―」
「えりくしるとか?」
「リモンさん、あれはお伽話のお薬だよぉ」
「そお?でもあるかも☆」
「みんにゃちょっぴし悲観的だにゃあ‥あるまにお返事、にゃんて書こう」
「ともかく直接拝見しない事には。まだお屋敷には入る事も出来ないのですか」
「許可が降りにゃいんですと。けっ、にゃんてお家だまったくも―」
「…そんな風に言ってはいけませんよ?」
「解ってるけど腹立つじゃにゃい」
「ただいまなの―。皆さんお困りのようなの★」
「きゅ―」
「あ、るりあとびりぃ。そうだ、おまえらだけは自由に入れるんだっけ!いたちの事、にゃんか聞いた?」
「あれフェレットってゆうの。時々けーけーゆってるの、たぶん風邪だと思うの‥でも動物用の風邪薬は、どこにも売ってないの」
「きゅ―♪」
「あるまのお手紙?どれ」
『ご機嫌よう、今行商の人が来たの。こっそりお話聞いていたら、冬のバラって薬草のお話してた。遠くの森でそれを探してたんだけど、見つからなかったんだって‥真冬に咲くバラなんて本当にあるのかな。家のはとっくに散って、枝だけになってるし‥ねえセリア、図々しいようだけど頼めないかなあ?フェルマ、ご飯もほとんど食べなくなったの‥お話聞いて書いた地図、入れとくね』
「冬の薔薇なんて初めて聞きます―」
「ただの噂でしたら、商人の方がお探しになる事もないでしょうし」
「どうする探しに行く?」
「そりゃ行くしかにゃいでしょ、他に当てもにゃいみたいだし。でもその森ってどの辺かにゃあ」
「…この森なら知っています。夏に釣りをした、あの川の上流です♪」
「すぐ近くですよね―♪」
「‥念のため聞くけど、歩いてどの位にゃの?」
「歩いてですか―?」
「…三時間位でしょうか」
「どこが近くにゃの、まったく。明日!決定!」
「当ても無しに冬の森に入るのは危険です。日帰りにしても、計画は立てておきましょう」
「む―そうだよにゃ。お弁当と、にゃんかあったかい飲み物と」
「真っ先にそれですか―‥食いしんぼさんです―☆」
「にゃにより重要♪」
その夜は雪が降った。風のない夜中、さらさらと粉雪が積もる音がする。翌朝。まだ薄暗い野道を、足早に歩く人影。セリアとニノンとナンシュアだ。
「うるるる‥ね―、そのおっきにゃ袋にゃあに?」
「あ―、これですか―。気球ってご存じですか―?」
「絵で見た事にゃら」
「…昨夜ニノンさんと相談したんです。貴方が疲れてぐずったりしたら、袋にいれて、気球みたいに運んであげましょう、って♪」
「にゃんにゃの、その扱い。所でおまえらって、本気だしたらどれ位の速さで飛べるの?」
「どの位でしょうね―?それ程早くもないですね―」
「…何言ってるんですか♪ほら、いつか雷が落ちた時…音が届くより貴女の方が早かったですよ?2秒位」
「あれは雨宿りしてた樹に急に雷が―。普段はゆっくり飛んでます―」
「い―事聞いた。やっぱし一歩一歩、大地を踏みしめて歩くのが一番だよにゃ‥ちょっと疲れるけど、あるまの為♪」
「いい心がけです―☆」
「…ところでさっきから動物の気配が」
「ああ、あたしも気付いてる。狼じゃにゃい?どって事にゃい♪」
「あ―出てきました―、わんわんです―☆」
「…いっぱい居ますね」
「わんわんさん―?私たち、お使いの途中なんです―退いて下さい―♪」
「がるるるるるるるる‥」
「…ゆうこと聞かない子はお空に連れてって」
「ぐるぐる振り回して―、地面に落とします―。それでもいいですか―?」
「くぅ―――ん‥」
「はい、いいこです―♪」
「…ふかふかですね☆」
狼の群れは立ち去った。
「…セリアさん、その水筒の中身は何ですか」
「ぶらんで―のお湯割り」
「素直ですね―没収です―何ですか朝っぱらから―」
「だってすぐにお昼ににゃるし、その後すぐに夜ににゃるし」
「…弁解になってません」
「お家帰ったら返してあげます―☆」
「にゃう―!にゃいと凍え死んじゃう―!」
「大げさすぎです―‥」
没収されてしまった。
‥すっかり明るくなった。空は真っ青、空気は銀色、そして地面は一面の白。
きゅいきゅい雪を踏みながら、林の中を歩いていく。
「セリアさん―、背中に顔埋めないで下さい―」
「寒いぃはにゃ冷えるぅ‥ぶらんで―返して♪」
「だめです―!あははは、ぐりぐりしないで下さい―ナンシュアさん―‥」
「返すまでやめにゃい」
「…お友達の為に薔薇を探すのでしょう?せめて見つかるまで、我慢しないと」
「可哀想にゃあたし‥」
手分けして、花を捜す事にした。然し今時、森の中に咲く花が本当にあるのか‥青い草さえ殆ど無い。段々時間が過ぎていく‥
「はい、ミルクティです―‥お弁当おいしいです―」
「…目が冴えるハーブのお茶もありますよ。元気だしてください、セリアさん」
「見つかるかにゃあ」
「弱気になっちゃだめです頑張りましょ―☆」
「白いはにゃ息。ふむ―」
「それを言うなら溜め息です―、お下品です―」
「あれ?向こうの岩場から湯気出てるにゃ」
「…え、え?温泉かも知れません」
「行ってみましょ―!」
岩場の向こうに、小さな泉があった。細かな石を吹き上げて、水がこんこんと湧いている。
「…残念です、体温よりも冷たいです」
「でも空気よりはあったかいです―♪」
「にゃあ、お水が出てるとこ、ちょっと赤いにゃ」
「そうですね―」
「…綺麗ですね♪」
「冬のばらってこれじゃにゃい?お水の出方も、もこもこしてて、はにゃびらみたいだし」
「え―?じゃあどうして冬のなんですか―」
「この辺にゃつは、草が茂ってて、見つかんにゃいからだと思う」
「…もし毒なら、周りに草も生えないでしょうね」
「飲んでみよう」
「じゃあ私も―。なんか大丈夫な気がします―♪」
数分後。体がぽかぽか温まってきた。
「すごい効果です―!」
「間違いにゃい、これ!持って帰ろ―!」
「…でもてっきり花だと思って、籠しか持ってきていません…」
「水筒があるじゃにゃい」
「どうあっても飲みたいんですね―」
「うん☆見つかったから、もういいでしょ?」
「仕方ないです―はい、お返しします―♪」
「にゃう♪お帰り、淋しかった?」
「ほんと、大げさです―」
「はい、おまえらにもあげる。うちにもお水が好きにゃ奴いるし、もう一本空けたいにゃ?」
「…そうですね、みんな空けましょうか☆」
ごくごくと回し飲み。
「さ、帰ろ―!これから三時間行進―!」
「んふふ―、な―に言ってんですか―、袋に入れて運んであげます―☆」
「いやもう体暖まったし」
「…ウフフフ。善は急げと言います、アルマさんのお友達の為にも、出来るだけ早く戻りましょう♪」
「いやその風は冷たいし」
「ナンシュアさん―、にゃんにゃんを袋に詰めるの、手伝って下さい―★」
「…わかりました★」
「に゛ゃあちょっと待って、空いや、歩く―っ!」
どたばたどたばた‥
「れっつご―です―☆」
「…全力で行きます♪」
ナンシュアとニノンは飛び立った。
ごうっ。
忽ち風の音しか聞こえなくなる。
「に゛ゃあ寒い、冷たい、はにゃ痛い耳痛い、降ろして―!助けて―!」
歩いて帰れば三時間。飛んで帰れば1分足らず。成る程、彼女達にとってはすぐ近くな訳だ‥そして森のなかのお家。
「た―だいま―☆」
「…うふふふふふふふ♪」
「ふ、二人とも凄く酔ってない?」
「セリアさん一体これは」
「アウアウアウアウアウアウアウ‥」
「まあ猫ちゃん、ぶるぶる震えて可愛そう。ほぉら、お姉さんとこおいで―☆」
「ふふふざけんにゃあほ人魚、ぐ―でぶっ飛ばすよ。あああるまにこれ‥冬のばら、見つかったって」
「わぁ、すごいの―☆」
「ルディアさん、リシェルさんをアルマさんのご自宅へ案内してあげて下さい。セリアさん、まずは体を暖めてから、聞きたい事があります」
「わかったの―♪」
「そんじゃ行こっか☆」
二時間後。アルマからの手紙を持って、二人が帰ってきた。
『有難うセリア、皆さん!フェルマ、十分もしない内に、鼻が湿ってきて、眼が輝いてきて、ご飯を食べました。今は元気に歩き回ってます。皆さんはこの子の恩人です!お礼に今度こそ絶対、皆さんをお茶会にお呼び出来るように、お父様を説得します。ご都合のよい日を教えて下さいね!』
「にゃう☆まあこれで、一件落着とゆう事で♪」
「落着ではありません、まったく貴女という子は‥」
「にゃんにゃん―☆」
「ニノンさん、貴女も。ふう、もう‥」
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