蜃気楼のように見える魔宮を見上げる二つの人影。長身の青年とその胸ほどの身長もない小柄な少女。両方とも闇夜に紛れるような黒衣を纏い月の光に映える銀髪、そして赤い瞳…混乱の収拾の為に派遣されていた衛兵の一人がその影に気付き声をかける。

衛兵「…おい君達!ここは危ないから避難しなさい…って君達は歌劇団の…」
…と、その時、彼等の頭上で巨大な火球が生まれた。驚き、注意もそこそこに逃げる衛兵。そんな彼を尻目に会話を始める二人。

少女「わぁ…やぁるねぃ」
青年「これが最後の戦いだから」
少女「…最後?何それ?意味解んない」
青年「……」
少女「ま、いいけどね…じゃぁ、君は避難してて。ちゃんと人目につくこと。おけ?」
青年「…気を付けて」
ふっと笑みを浮かべそう言うと、青年は被害の少ない区画に向かい歩いていった。残った少女は目を細め、肥大化する火球を見上げ呟く。
少女「無事に帰ってきなさいよ…」
第33話
《失くした昨日・前編》
(by 戯言師皐月)

スラストの拳が空を切る。
舌打ちし、間合いを取るスラスト…やはり先程の死闘でかなり消耗しているのか技にキレがない。
着地しアルトに目を向けるが…居ない!?
動揺を必死で押さえ辺りに気を配…ろうとした瞬間、
《どぅっ!》

スラスト「かはっ…ぁ!」
腹部に強烈な衝撃を受け吹き飛ぶ。
スラストが後方に跳んだ瞬間、アルトは姿勢を低くし地を滑るように彼女を追っていた。

着地すぐ敵影確認という身に染み付いた一連の動作を逆手に取り小さくとも動揺を誘発、腹筋の弛緩したその一瞬を突き拳を振りぬいたのだ。
激しく壁に叩きつけられ、呻く。

スラスト「いくらあたしが消耗してるったってさ…ぅく…杓死を抜く速度って…前から思ってたけどあんた化け物かい」
皮肉るが、かなりの衝撃だったのだろう、身を起こすことすらできないでいる。
アルト「黙って寝ていろ」
あくまで静かに言い放つ。

ケイ「たあっ!」
ラン「はぁっ!」
そこへその隙を狙うかのような衝撃波と拳の左右からの同時攻撃。しかしアルトはその行動を予測していたかのように左手の鋼糸をランに向かって放つ。
回避は出来たが僅かに体勢を崩してしまうラン。鋼糸によって受けた痛手を身体が覚えていたのか、無意識のうちに必要以上の回避行動を取ってしまったのだ。そんな彼女に肉薄、服を掴んでケイに投げ付けた。

ラン「わ!」
ケイ「ひぁ!」
流石に驚き、魔力刃を収め避けようとしたケイだったが、そのままランとぶつかり一緒に床に打ち付けられる。
ラン「ぅぁ…くっそ…」
直ぐ立ち上がろうとしたが、思うように身体が動かないラン。
ケイ「……」
ケイはランを庇うような形で壁にぶつかったうえ打ち所が悪かったのか、ぴくりとも動かない。二人とも今の衝撃で魔物との戦いの傷が開いたのだろう、少なくない出血をしている。そんな彼女達に興味ないかのようにアルトは残る障害に体を向けた。

ツルギが刀の柄に手を添えて腰を沈め…対するアルトも懐から取り出した短剣を右手で構える。
張り詰めた空気が流れる…

舞「もう…止めてくださいっ」
その静寂を破ったのはツルギとアルトの間に割り込むように立った舞だった。
アルトに必死で呼び掛ける。
舞「貴方の依頼や目的は知りません…でも! それは歌劇団の仲間をこんなにしてまでしなければならないことなのですかっ?」

舞の言いたいことが解るツルギはその様子を静かに見守っていた。
舞「もう、いいでしょう?止めてください。こんな…馬鹿なこと」
と、それまで黙っていたアルトが何か呟いた。
アルト「……ぃ」
聞き返そうとした舞にツルギの慌てた声がとぶ。

ツルギ「舞っ!退けっ!」
舞「?」
アルト「うるさい…っ!」

戦いの中、アルトから初めて感じられた感情は、彼女達に真っすぐに向けられた怒り。何時も妖しくも美しく優しい光を湛えるアルトの赤い瞳が憎しみと殺意に燃えていた…

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