ウルを守る戦士達とアルトとの戦いを眺める黒ずくめの男“闇の主"マラコーダの隣に影が滲みだし、間もなく一人の魔術師の形をとった。
マラコーダ「よぉ、あんたも見物かい?」
視線も向けず話し掛けたそれに無愛想な口調で返事が返ってくる
魔術師「ふん。この程度のもの、見るまでもなく結果は見えておるわ」
視線だけマラコーダに移し、相変わらず無愛想な口調で言葉を続ける
魔術師「今から私物を取り戻してくる」
マラコーダ「こっちも勝手にさせて貰うぜ」
魔術師「…好きにせぃ。ワシにはもう不要のものだ」それだけ言い残し、老魔術師は出てきた時と同様に影に溶け消えた

#34《失くした昨日・後編1》
(by 戯言士 皐月)

ツルギが危険を感じて飛び出すより早く、アルトは舞に接近し首を掴んで吊り上げていた
舞「ぁ……ぁぁ…」苦しそうに身を捩るが、アルトの指は彼女の白い首に固く食い込んで離れない…
アルト「馬鹿なこと…だと?貴様に一体何が解るっ!?解る筈がない!」
舞を睨むその眼には狂気すら感じられる。思わず藻掻くのも忘れて見つめ返す舞
ツルギ「舞っ!」
直ぐにでも助けだしたいが、この位置でアルトは丁度舞を挟んだ側にいる。下手に動いて舞を更なる危険に晒す事になる可能性を考えると迂闊に動けない
アルト「自分がナニモノか解らなくなる苦痛が…大切な人の変わり果てた姿を見せられる痛みが…っ」
ずっと吊り上げられていた為、目が朦朧としてきだした舞。これ以上は危険だ。一か八かでもアルトから引き離さなければ…アルトに向かい真直ぐ駆ける
ツルギ「アルトォォッ!」
それに気付いたアルトは舞を投げる。ツルギ…ではなくスラストやランの倒れている部屋の一角に
激しく咳き込むが、すぐによろよろと立ち上がる舞。どうやら命に別状はないようだ。力強い踏込みと共に愛刀を抜き放つツルギ

――神威流抜刀術“竜閃"…その力竜の如く、その速さ閃光(ひかり)の如し――

神速の抜刀…しかしアルトは易々と反応する
《がっ!》
ツルギの刀とアルトの短剣が噛み合い火花を散らす。ツルギの怒りの声が響く
ツルギ「お前だけがそうだと思うなっ!」
彼の心の中にあったのはかつて共に歩いた友
“誰もが笑顔で暮らせる世界"を想い共に戦い、自分に夢を託し半ばで散った彼の姿だった。その言葉には答えず、刄を弾いた勢いを利用してツルギの鳩尾に廻し蹴りを放つアルト
ツルギは後ろに跳んで衝撃を緩和し、刀を水平に構えて再度攻撃に移る
ツルギ「はぁっ!」気合いと共に刀を突き出す
“千竜烈破"…高速で幾度も突き出される刃先が数多の竜牙のように襲い掛かる。アルトはそれに正面から取り合わず大きく横に跳び、《ぅんっ》左手の鋼糸を放った。銀に輝く殺意が技を空振りしたツルギを襲う。体勢を立て直すのもそこそこ、振り向きざまに襲いくる鋼糸に向かって大きく刀を振るう
“竜円舞"…幾重にも円を描くように振るわれた刄が正確に鋼糸を断ち斬った
アルト「ちっ!」舌打ちする。今ので左右とも鋼糸を失ったことになる。鋼糸は接近戦で有効な武器ではないが、それがないと彼の内に眠る数々の力を引き出すことができなくなる。……ただひとつを除いて。

距離を保ち武器を構えたまま睨み合う
ツルギ「お前は一体何を望んでいるんだっ!それほどの力…平和の為に振るえば何人の人が助かると…」
アルト「黙れッ!この力は所詮人殺しの為に与えられた力だ。そんな呪われた力で全てを等しく幸せに出来る筈がない!」
言葉と同時に放たれる鋭い斬撃
《きんっ!》
それを上方に流す。アルトの右手が上に泳ぎ胴ががら空きになるが…
《どっ!》
ツルギ「ぐぅっ!」
短剣にばかり気を取られ、斬撃を弾いた瞬間に死角から繰り出された左の爪先を見落としていた。何とか体勢を立て直したツルギに更に追い打ちがかかる。短剣による斬撃や刺突に巧みに貫手や蹴りを織り交ぜてくるアルトの攻めに次第に防戦一方になる
アルト「その程度の力で何を護るというんだ…そう、力が…あの時俺に力さえあれば…」
刄のぶつかり合う金属音に重なってアルトの呻きに似た声が聞こえた
アルト「力さえあれば姉さんは今でも笑っていてくれた…力さえあれば…フィ-アもっ…くっ!」
ツルギ「だからと言ってっ…こんな事をして、その人達が喜ぶとでも…」
対する答えは言葉ではなく横振りの斬撃
ツルギ「…つっ!」その大振りの一撃をいなし、上段から刀を振る。迎撃しようとアルトは短剣の角度を変えるが…しかしそちらは囮
“竜虎双牙"…下段から放たれた鞘が短剣の柄を打つ
右手から零れた短剣は乾いた音を立てて床に落ちる
ツルギ「すまんっ!」
遮るもののなくなった刀を罪意とともに振り下ろす(剣筋から急所は外してある)…だが…
アルト「《銀(シロガネ)》ッ」アルトの叫び
《がぎぃっ》
ツルギの手に伝わってきたのは肉を断つ感触ではなく硬い金属のぶつかる衝撃だった
何時の間に手にしたのか…一体どこに隠してあったのか…アルトの左手には一本の淡く光る細身の長剣。それはツルギの記憶が確かならシリウスが持っていた“所持者の精神力を力に変える"魔力剣だった

アルト「屍山を築く覚悟のない奴に…俺の夢を断たれるものかっ!」
叫ぶとツルギの刀を弾き距離をとる。そんな覚悟、決めたくもない。が、今は決めるしかない。これ以上、この街に悲しみを拡げない為に…ツ
ルギ「…俺はウルの影、ウルの盾…。お前を斬った罪と業、背負い往こうっ!」
その声に呼応するかの如く、“雷"の秘石が光る
ツルギ「来たれ雷雲、唸れ稲妻!…」
下段から鋭く刀を振り上げる
“雷閃"…その刀から撃ち出された高速のカマイタチがアルトを襲う。それを回避すると踏み、距離を取るために回避予想地点とは逆方向に跳ぼうと体重を移動させていたツルギの目に予想外のものが映った
アルトはその場を動かず、右の裏拳をカマイタチに打ち込むことでそれを粉砕したのだ。その指にはまだ鋼糸の切れた指輪がはめられたままになっている。指輪に僅かに残った魔力をカマイタチに干渉させたのか…?
拳の砕ける鈍い音…驚愕に目を見開くツルギを余所に、アルトの口から出たのは苦悶の呻きではなく流れるような、唄うような声だった

アルト「我が名の許此へ来たれ 古の力 終末の刄…」
口は呪文を紡ぎながらも、スラストの“杓死"に匹敵…否、それ以上の速度で接近、なんと拳が砕け血だらけの右腕を鞭のように放ってきた。違う方向に掛かっていた体重は一瞬も待たず戻すが…防具も付けず、拳は砕け、血に塗れたその腕で攻撃してくるなど思ってもみなかった為に反応が遅れる。自身をわざと傷つけているともとれる攻撃に顔を背けたくなる…その腕を何とか刀の柄で振り払い呪文を続ける
ツルギ「空の狭間越え 闇を切り裂き 敵を討ち滅ぼす刄と成れ!」
アルト「“業火の王"の名を持ちて 害なす魔の杖携えし者 我が力 我が意となりて 仇なす者に滅びを撒かん…」
相手の技の内容が分からない以上それが発動する前に潰しておくのが上策。だが、こちらも技が完成しないうちに刀を振るう訳にはいかない。途中まで引き出した秘石の力が霧散してしまうからだ
生半可な技が効かないのは今迄の打ち合いで解った。残る秘石奥義に賭けるしかない。…しかしそうなると徒手空拳での戦闘能力で勝るアルトに有効な一打を浴びせるのは更に困難を極める
次々と放たれる右腕を、脚を何とか躱しつつ、刀を持つ手に力を込める

ツルギ「何としても止めてみせるっ!“影の奥義"がひとつ!」
アルト「 我が手に降りて姿を顕せ!」
ツルギの刀に紫電が、アルトの剣に紅蓮の炎が纏わりつく。そして両者の技は全くの同時に放たれた
ツルギ「雷技・神鳴斬っ!」
アルト「《レーヴァティン》ッ!」
雷の爪が炎の蛇を引き裂き、業火の顎が紫電の獣を呑む…力がぶつかりあう衝撃は、激しい閃光と暴風を以て部屋中を暴れ狂う

<続く>
第35
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