#38
《蒼き星の約束、白い花の誓い・一幕》

(by 戯言士:皐月)

「手前ぇ!ここで何をやっている!」
「えっと、スィン……とニコ?へぇ。珍しい組み合わせだね」
激昂するスィンと対照的な、涼しげな受け答え。
むしろ、言葉に出しはしたが、そんなものに関心ないというふうな色さえ感じられる。それが更にスィンを苛立たせる。
「俺達の前では散々悪ぶった台詞吐いときながら、こいつらと戦りあって変な手加減してみたり手前の依頼主が呼び込んだ魔物狩ってみたり」
言いながら正直、スィン自身も一体自分が本当は何に苛立っているのかも解らなかったのかもしれない。平素なら…武器をとる時なら尚更、このような取り乱し方はしない。
「そんなこと僕に言われても…ねぇ?」
わざとらしく目を逸らしながら肩まで竦め、まるで他人事のように宣うその態度に更なる苛々が募る。そんなスィンの怒りもどこ吹く風。言葉を繋げる。
「それよりほら、見てみなよ。面白いものが見られるよ」
「わ!なにあれ!」
ニコのあげた叫びにスィンもそちらに目を移す。そこにあったのは、大地を、空を、覆わんばかりの魔物の群れ、群れ、群れ。百とか二百とか、そんな生易しい数ではなかろう。あんなものが街に到達したら、護りもくそもあったものではない。次版の地図からはこの街が消えることになるだろう。
「あれが貴様の目的か!」
「だから僕に言われても知らないって。群れの手前に何か見えない?」
その声に改めて外に目を向けたニコの顔が、さあっと青ざめる。
「あ、何かいる…え?人間?スィン兄ちゃん人間がいるよ!女の人!助けにいかないと!」
「必要ないよ…ほら、見せ物が始まる」
足元…門の前から呪文を詠む声が流れてくる。相当な数集められた魔術士達が、同じテンポ、同じ韻で同じ呪文を唱えている。
「多累重詠唱。なかなか貴重な光景でしょ」
「…たるい…何?」
「たるいじゅうえいしょう。限定空間内で術者が同じ術を詠むことによってその効果を増幅させる技術。効力は詠唱に参加する人数によって累数的に増加。そだね、例えば今のそれ、ただの中級火炎魔法だから」
スィンすらも彼を問い詰めることを忘れ“それ"を見上げる。魔術士達の声で刻々と規模を増す“それ"は既に人間の使う《火球》から考えられる常識を逸脱したものになりつつあった。
(後日、国民から多数報告された“夜に出た太陽"はこの作戦によるものであるという公式発表が国からなされた。もっと塔の近くでみた、等の報告も寄せられたが、そんな事実は確認されていない、とのこと)

あの規模のものが爆発した場合、確かにあの群れにも大打撃を与えられるだろうが、その射線上にいるあの人達は、火球の通過した熱と衝撃だけで確実に灰になるだろう。
「止めないと!」
「どうして?」
身を乗り出すニコにかけられた声は相変わらず落ち着いたものだった。
「どうして…って」
あまりの気勢の差に思わず声を失う。
「何故止める必要がある?彼等は彼等の職務を全うしようとしているだけなのに」
「なっ…あの人達を見殺しにすることが国の仕事だって?」
「…そうだと言ったつもりなんだけど」
「手前ぇ!」
「彼等の…兵士の仕事って何かわかる?」
「人を守ることだよ!」
「うん、ちょっと違うね。彼等の職務は“この街を守ること"だよ」
「…それって」
「そ。彼女達を犠牲にしてでも街を守るという選択をしたんだよ、彼等は」
「そんなの絶対間違ってるよ!」
ニコの叫びにぼ-っとした雰囲気を醸していた紅玉の瞳に映る感情が変わる。彼等を射抜くような鋭いものへ。
「自惚れるなよ。まさか君は自分の目の前のもの全部自分で守れるなんて思ってないよね。彼女達を助ける?ならその後ろのあの群れはどうするのさ。君はあの二人の為に街ひとつ犠牲にするのか?」
「それ…は…」
「崖から落ちそうな人に手を差し伸べるのは結構。でもね、それは自分の手で何とかなるものかな?人はさ、結局自分が守れるものしか守れないんだよ。理想なんて入り込む余地なくね」
「それでも!ボクには何もしないで見てるだけなんて出来ないよ」
「…みたいだね。街と彼女達、両方助ける手、なくはないけど」
「何?どんなの?」
「呪文発動前に彼女達に危険を知らせた上で安全区域まで離脱。時間の猶予は5分ないね」
「ぇぎゅっ!」
「実現出来る手を出せや」
「…ぷっ」
「何がおかしいんだ!」
「言ったよね?僕は“必要ないよ"って。君たちが出来ないなら“出来る人"がやればいいんだから」
言葉の意味するところが解らなかったのか、ニコもスィンも一瞬動きが止まる。そんな二人に彼はこう付け足した。
「僕は夢想家は大嫌いだ。でも、理想を語れない人はもっと嫌い。ニコの皆守りたいって夢。君の手で現実に出来る日が来るかな?…さ、幕が開くよ。題して“全能者降臨"なんてね」
そしてこの後起こった光景に二人は言葉を失った。
それは言葉違わず“神の御業"の如き光景…

「理想を見れない君はどんな夢を見てるの?アルトくん」
アルトと同じ顔でアルトが居る筈の魔塔を眺めながら洩らした青年の独り言は目の前の光景に見入る二人の耳には届かなかった。―――――街の上空に浮かぶ巨大な火球を見て女性の胸に絶望が広がる。自分達に構っていては後ろからくる魔物の大群をどうにも出来ないと理解していても、確定された自分の終末を見せられては仕方のないことなのだろう。無意識に胸元の十字架を握り締める。
「ごめんなさい。あなただけでも逃がせられれば良いのだけど…」
「そんなこと…」
「おいおい。諦めるの早すぎやしねぇか?べっつに俺ぁ構わねぇけどさ」
妹の言葉にかぶさるように何処からともなく聞こえてくる声。それに続いて彼女達の目の前の空間が歪むのを見て走っていた足を止めてしまう。
「転移魔術?」
大規模な術を展開している為に魔力の流れが激しく乱れている近くで微細な制御が必要な転移魔術を展開するなど正気の沙汰とは思えない。制御に失敗すれば最悪、“次元の狭間"に取り残される危険さえあるのに…
彼女の思考を余所にその空間の歪みから顕れたのは少年だった。
まだ二十には少し遠いだろう、青を基調とした少々値の張りそうな衣服を纏い、くすんだ緑色の髪と翡翠のような輝きを持つ周りを見下しているかのようにすら見える目を持っている。
「で?どうしたいんだ?」
彼の声も彼の纏う雰囲気と同じ、不遜なものだった。
「どうしたい、と言われても…」
妹の答えに少年は面倒臭そうに頭を掻きながら不機嫌さを隠そうともせず言葉をかえす。
「面倒臭ぇ奴だな。どうこう“出来るか"なんざ聞いてねぇだろうが。“手前ぇ等がどうしたいか"聞いてんだ。二択だ二択。生きたいか、死ぬか。やっぱり諦めるか?あん?手前ぇ等の命ってぇのは、こんなとこで潰れてもいいほど糞下らねえもんなのかよ」
その言い草は流石に頭にくる。自分達だって別に終わりたくはない。少なくとも絶対に済ませなければならないことが、ひとつある。
「だって!じゃあ一体どうしろって…お姉ちゃん?」
妹の反論を手で制して、思った通りのことを、“少年の質問の答え"を告げる。
「あなたの言うとおりです。私達は“こんな下らないこと"で死にたくはありません」
その言葉を聞いた少年は、にやり、と鋭い犬歯を剥き出しにして不敵に笑う。
「上ぉ等だ!手前ぇ等の命、オレサマが繋げてやるぜ」
その声は、絶望的に見える状況に似付かわしくない、とても楽しそうなものだった。
女性は、少年が顕れたのと同じ、転移魔術で安全なところまで移動するものだと思っていた。しかし、その予想に反して少年は街の方向、遂に放たれた、月光より明るく辺りを煌々と照らす火球に視線を向ける。
ぎゅっとしがみつく妹の存在を確かめるように、堅く抱き寄せる。
「ハッ。手前ぇ等の都合なら同族の命も糞以下かよ。可笑しすぎて反吐がでんぜ」
心底忌々しげに吐き棄てながら無造作に掌を正面にかざし、叫ぶ。
「堕ちやがれ!インスマウスの影に呑まれてなッ!」
辺りが一瞬にして闇に包まれる。否、“本来の夜の明るさ"に戻ったのだ。滅びをもたらす筈だった火球は、その一瞬で影も形もなく消失していた。
「…ぅ?ぇ?あれれ?」
おそるおそる顔をあげた妹は何が起こったのか判らずぽかんとしている。
それに構う余裕は女性にはなかった。それほど今の現象は規格外のことなのだ。

魔術を防ぐ手段は大きく分けて二つと言われている。
まずは「発動の阻害」。詠唱を中断させたり、魔力の流れに干渉して効果の発生じたいを妨害する、という手段。
そして「相殺」。魔力を媒介に発生した魔術という世界本来から外れた現象を、同等またはそれ以上の“異質"をぶつけることで打ち消すというもの。同系列や反属性魔術を衝突させての相殺、防護魔術を用いての軽減や無効化、反射がこれに含まれる。

では今のはどちらに属するのか?
主に聖職者が扱う術に《ディスペル》というものがある。魔力の流れを断ち切って、半永続付与系の魔術や、魔術士に使役される魔法生命や不死者の機能を停止させるものだ。
しかし、火球のような攻性術の殆どは、先に述べたように魔力を媒介に発生した“現象"に過ぎない。つまりその存在は魔力の流れを大きく乱すものの、維持に於いては魔力の存在の有無はあまり関係がないとも言える。
故に、発動しきった攻性術に対しての《ディスペル》は不可能なのである。
なら後者か?
効果は不明だが少年が何らかの魔術(インスマウスの影?)を発動して王国抱えの魔術士数十人がかりの火球を瞬時に相殺した?
信じられない話ではあるが、百歩譲って彼にそれが可能だったとしよう。
しかし、これは違う。
何故なら火球以外による魔力の干渉を感じられなかったから。
精霊種には劣るものの、術者である彼女も少しは魔力の流れというものを感じられる。その感覚に痛いほど触れてきた火球の発現。その“異質"を相殺する程の“異質"を発生させるには、同等以上の魔力干渉が必要になる。
それを全く感じなかったというのは、少年が魔術を行使して火球を相殺したのではないということ。

自分の知識が世界のすべてであると思えるほど傲慢ではない。先の理論にしても、彼女の知る流派の知識であり、他流、他系の魔術はまた違った理論、違った構成式を持っているのも事実であり現実であるという認識はある。
それでもこれは…
魔術という、この世界から外れた理論を引き寄せる術にしても、その起動に於いてはこの世界の理に則り行われるものである。
それすら完全に無視したような現象…
これではまるで…

「んむ。こんなもんだろ」
少年の声に我にかえる。
「んむ、じゃないよ。う、後ろのどうするの?」
慌てたような妹の声。
そうだ。そもそも火球は自分達ではなく後ろの魔物の群れに対して放たれたものだ。自衛の為にそれを消したのはいいが、おおもとを何とかしないと街ごと轢かれておしまい。死に方が変わっただけになってしまうだろう。
「心配すんなって。手は有るさ。任せたぜ、姉ちゃん」
少年の声は彼女達ではなく、その後ろに投げ掛けられた。

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