夜の寸劇
by マスター
今は舞台の幕も降り、王立歌劇場は静まり返っている。
と、緞帳が上がりスポットライトがひとつ灯った。
コツコツと近づいてくる足音。
光の漏斗の中に椅子がひとつ現れた。
黒いつややかな蜥蜴を思わせるような脚が横切り、椅子は召喚師ひとり分の、彼女にとってはいたって楽な負荷を受けた。
体の前に水平に渡した左腕の上に、右腕が肘を突いて垂直に立ち、その手の甲にはほっそりとした華奢なおとがいが憮然とした様子で載せられている。両腕に圧迫され、体の中央で丸い乳房が窮屈そうに歪んでいた。
風も無いのに、長い銀髪がふわりと揺れた。
漆黒の瞳が劇場の隅々を見渡す。
唇が妖しく微笑む。
そしてしばらく動かない。
彼女はその空席に、何を見ているのだろう?
次元を超えた魔物達の世界?
異形の者どもが、彼女の動かぬひとり舞台を観るために、時空の窓を開けて現れた姿だろうか。
動かないのは体ばかりだ。
きっと舞台と客席の間には、目に見えぬ想念のページェントが繰り広げられているに違いない。
そう思うと劇場全体がぶるぶると振動し出した。
屋根裏の鳩どもが、驚いて羽ばたいた。
鼠どもは慌てて逃げ出した。
振動はウルの街路にまで広がり、夜具の中の子供たちに不安な夢を与えた。
そしてひときわ激しく、うねるように高まったかと思うと、突然ふっと止んだのだった。
召喚師ターマラはすっと立ち上がり、右手を胸に当てて深々と一礼した。
光が消え、すべては奈落の闇に落ちる。
真っ暗闇の劇場に、音無き拍手が響き渡った。