『過ぎ去りし、夏の日の幻』

(by シャーズ フォルガさん)

それは、まだ夏の盛りを迎える少し前の事。宿舎内稽古場にて
シグ「それじゃ、次の公演の配役を発表するぞ。…まず、主役はティアリース」
ルリ「……!」
アミアン「ティア、おめでとう!」
ティアリース「ありがとう! …はぁ、今回は団内オーディションでも自信なかったからな-。絶対、ケイさんかルリさんに決まると思ってたよ」
ケイ「そんな事ないわよ。自信持って、しっかりね」
シグ「お-い、まだ主役発表しただけだから、黙って聴けって…」
ラン(あれ、ルリは…?)

ルリは一人、稽古場を抜け出し、夜の中庭にたたずんでいた
ルリ(今回の主役はティア、前回はケイ、その前に至ってはアリル…。私が主役を張らなくなって、どのくらいになるかしら…)
ラン「…やっぱり、ショックだったかい?」
ルリ「! い、何時からそこに? あ、じゃなくて、な、何の事かしら?」
ラン「隠さなくてもいいよ。あんた、今回はいつも以上に頑張ってたからね…。でも、ティアの役へのハマリ具合を見てると、あの娘が選ばれるのが納得できる、だから妬んではいない…。だろ?」
ルリ「…全てお見通し、ですわね」
ルリは自嘲気味に微笑む
ルリ「そう、今回も私の力が足りなかっただけ…」
ラン(あ-、こりゃ重傷だわ)
ルリ「別に主役に固執しなくても、出来る事はあるのに、私ときたら…」
ラン「……一つの役に固執しないって言うならさ」
ルリ「え?」
ランは素早く近づいて、何やら耳打ちする
ラン「いっそ、……を……してみたらどう?」
ルリ「えっ!?」
ラン「……するとか、……とか」
ルリ「そ、そんな…」
ラン「……もいいかもよ?」
そこまで言うとランは、中庭の奥に向かって歩きながら、わざとルリの顔を見ずにしばらく待つ
ラン「…つまりさ、そのくらい…。あ、あれ、ルリ?」
ランが振り返ったその時、ルリの姿はどこにもなかった

それから一月後。ティアリース主演の舞台も終わり、皆は片付けと次の公演への準備にかかっていた
ケイ「ルリったら、いったい何処で何やってるんだろ。公演の間一度も顔見せないで…」
ユノ「団長には『役の幅を広げるための修業』と断っていったそうだけど」
二人は残暑の厳しい中、正門前の掃除をしていた
ケイ「それにしたって、長過ぎよ」
?「はぁい! 二人とも久しぶり。元気にしてた?」
唐突に声をかけられた二人が振り向くと、そこにはド派手な格好をした女性がいた
ユノ「…どちら様?」
ルリ「やぁね、一月留守にしたくらいで、その扱いはないでしょ。私よ、ル・リ」
ケイ「えぇ-っ、嘘ぉ!?」

二人の反応もやむを得なかった。なにしろ今のルリは、髪は逆立てた上に真っ赤に染め、肌はよく焼けた小麦色。上半身はタンクトップの上にレザ-ジャケット、下半身はホットパンツで、足元はレザ-のロングブーツ。さらには各所にうるさいくらいのアクセサリーの数々、という常軌を逸した格好だったからだ
おまけに、ぱふまで何やら鋲が大量に着いた服を着せさせられている。主人の手前おとなしくしているが、何とも居心地悪そうな表情(?)をしている
ルリ「ちょっとイメ-ジ変えてみようと思ったんだけど、どう?」
何故か口調もくだけている
ケイ「何、その格好!? 絶-っ対変よ、変過ぎ! ルリらしくない!」
ユノ「こちらの方もルリさんって言うの? 奇遇ねぇ。…でも、この子はぱふだし…。あら?」

騒ぎを聞き付けた団員たちが集まってきたが、皆一様に絶句している
例外といえば…
ロン「惜しいな。歌舞伎ってのは、もっとこう…」
憐&シリウス「……(二人して後ろを向き、無言で肩を震わせている)」
といったところである

ランもやってきたが、声をかけにくそうにしている
ルリ「…どうかしら? あなたに言われた通りにしてみたけど」
ラン「……つまり、そのくらい別人になったつもりで、気楽にやれば、って言いたかったんだけど…。ごめんね、ルリ。まさか本気にするとは思わなかった…」
重い、重過ぎる沈黙
ルリ「…団長」
ザウエル「は、はい?」
ルリ「またしばらく留守にしますわ」
ルリは、それだけ言い残すと去っていった

それから、さらに一月後。ルリはこの一件以前と変わらぬ姿で帰ってきた。肌の色も、日焼け跡はすっかり落としている
その後、この一件は王劇七不思議…、いや、黒歴史…。とにかく、ルリ本人はもちろん、誰も一切触れようしない『なかった事』として扱われるのであった

-終わり-

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