【きらきらタルト】
円い大きな月が、夜空に浮かんでいる。ゆっくり漂う雲も、綿を裂いたものの様に白い。静かな夜。何処かの乱れた世界のように、騒音と悪臭を撒き散らして走り回る乗り物も無いこの世界。そこかしこから、好い匂いがする。
「るーーるるるーー、るるるーーるーーるーーるーー‥‥にゃお。
最近しあわせ?ダーク・ここなさんです。ふう。ご飯食べたばっかだけど、こーーもりでも飛んでこにゃいかにゃあ‥‥」
お家の屋根に座り、両足をぶらぶらさせている。樹々の隙間から洩れた月明かりが、あちこちを少しづつ照らしている。
「よお、御月見か?なんかこっから見ると、えれえ綺麗だな、お前」
「ばか、やめるにゃ☆どしたの、こんにゃ時間に」
「夜闇に乗じて街を襲、じゃねえ例のでか蜂を退治にいこうと思って。一緒に来ねえ?」
「おっけーー、ちょっと待つにゃん♪でも結構月、明るいにゃん」
「やべえようなら火ぃ焚いて燻しちまえ、行こうや」
「おう!」
殆ど音もたてずに、ふわりと飛び降りる。
「エンジェルも誰か呼ぶかな」
「あ!ちょっと駄目にゃ」ついていく、と言うより背中を押していく。
「何だよ、どしたんだ?」
長い長い影が伸びている。時々風が吹き抜ける度に、背の高い草や畑の麦が、さーーーーっと、心地よい音をたてる。この辺りは所謂壁の外だが、特に狂暴な魔物がでる訳でもない。農民の子供が、鍬一本で撃退できる程度の者ばかりだ。
「へ?この間のお仕置きで話は済んだんだろ?」
「それが‥‥ほかにも色々あるにゃん」
「あの娘等も、怒ると結構根深いな。ま、意地悪大好き、悪戯はもっと好きってお前とじゃ…元々あんまし合わねえのかもな」
「ねーー。どしたらいい?」
「答え出していいか?」
「うん‥‥」
「あの娘等ったら菓子しかねえだろ。それも知らねえレシピのやつ。それをお前が作って、御馳走してやんだよ。ちゃんとお詫びの印って言ってな」
「あたし作るの!?」
「心配すんな、教えてやるよ。そだな…ゼリーって知ってるか?」
「解んにゃい」
「動物の、皮とか筋とか、軟骨とかにこらーーげんってものが含まれててな。低温でじっくり煮出して、上澄みに味付けて固めたものの事だよ。果物味とか。暑い日なんか、最高かもな」
「難しそう…」
「鍋に入れて、竈に乗しとくだけだよ、取りあえず。ちょいと戻るか」
「うんうん☆」
―竈の上に置かれた鍋。
「冷蔵庫に台あって良かったな。ちょっと楽できる」
「後どうするにゃ?」
「木の実や草の実探しに行こう。4種か5種くらい。蜂は今度でいいや」
「うーー、ごめんにゃ?」
「何言ってんだよ、気にすんな。本当の目的は蜂の子だったんだからさ」
「はちのこ?」
「蜂の幼虫でさ。それこそ果物に似た、ねっとりした美味でな。…他の誰かにとられる前に、行くからな」
「解ったにゃん♪」
「(ってもちょっと心配だな。誰かあの味知ってる奴が、つるって喰って、ぶちゅって潰して、まいうーー★とか…居ねえか、ここらにゃそんな奴)」
「どしたの?」
「いや‥んじゃ行こーーや」
果樹園の収穫にはまだ早いが、野生の果実はもう実り始めた。森のなか、水辺、草むら、陽当たりの好い斜面、雑木林…もっとも大半が、酸っぱかったり渋かったりで、それなりの手間が必要なのだが……
「で?どんな感じなんだ」
「にゃんとにゃく、よそよそしーーにゃん‥」
「何やったか細かくは聞かねーーけどよ、あの娘等が。こりゃ相当だな」
「怒られるのは平気だけどこれはきついにゃ‥許してくれるかにゃあ?」
「ちゃんと反省して、詫びも入れられる、って事を行いを以て、証明しねえと。でなきゃ、ただ御馳走するだけじゃ駄目だ」
「にゃるほど‥あ、それ、おれこが集めてた奴にゃ。塩振って干した奴」
「何でんな真似したんだよお前‥」
「梅干しににゃるかにゃーーって思って」
「ならねえよ…欲しけりゃ言いな、持ってくるから」
「じゃあこれとるにゃん」
「一杯とってこーーな」
「うん♪」
月明かりも、煌々と、と表現してよいのだろうか。それ位、照り輝いていた。しゅろに似た樹が点在する、雑木林。何となく、甘い香がする。
「お!葡萄に似た実があんな。どれ」
「だいじょぶにゃ?」
「噛った跡がある。
毒なら小動物も喰わねえよ‥ほーープルーンに似てんな、これ」
「それもとるにゃん」
「おう、あっちの茂み。何か紅いのが光ってんな。木苺じゃねーーか?」
―持ってきた籠は、もう一杯になった。紅い実、碧い実、黒い実‥‥混ざり合った、不思議な匂いがする。
「いっぱいだにゃん☆」
「んじゃ戻るか。それから軽く、一仕事な」
「はいにゃ♪」お家のある森のなか。月明かりの中、か細い虫の鳴き声と、澄んだ蛙の声とが響いている。
「一応全部別々にな?綺麗な色を活かすからさ」
「わかったーー☆」
「んで、これがとろとろになったら、煮汁を混ぜて、最後に上からかける」
「台にはそのまま詰めるにゃ?にゃんか敷く?」
「カスタードクリームだな。作り方はな、卵と砂糖を‥」
静かな作業は暫く続いた。
「おーーし、上出来だろ。鍋は時々見てくれな」
「まだだめ?」
「幾ら何でも早えよ。昼近く迄かかる」
「そっか‥ねーー、お菓子出来ても、あたしこれから、どうするべきかにゃあ…大人しくしにゃいと駄目?」
「絶対やっちゃいけねえ事は、あの本に書いてあんだろ。死に値する大罪は。それさえしなきゃ、あの娘等もお前の事、責めねえよ」
「そお?それからこれあげたら、許してくれる?」
「絶対間違いなし、保障するよ★」
「よかったーー。でもこれ、にゃいしょにしたいにゃ」
「ふむ?んじゃ、お前仕上がるまで冷蔵庫番な。あの娘等が開けねえように」
「にゃあ‥解った頑張る」
「少し休みな、鍋は見とくから」
「ありがと…じゃあちょっと休むにゃ」
そう言うと、傍の壁にもたれて、すぐに寝息をたてはじめた。夜明け迄はまだ、時間がある‥‥
―気の早い鳥が、さえずり始めた。まだ薄暗い。少し空気の匂いが、変わった気はするが。
「ふあ…あーー、まだやってるにゃ?大丈夫?」
「心配すんな、適当にうとうとしてた。それより、いい感じに煮詰まってきたぞ…そろそろ果汁混ぜるか」
「ずいぶん早いにゃ?」
「面倒だから酒入れて、直火にかけた。あんま、かちかちになっても困るし」
「にゃいす☆じゃあ少し、冷やしてみるにゃん」
小皿にとって、冷蔵庫へ持っていく。数分後。
「これがゼリー。にゃんか、少し堅いにゃ」
「も少し煮汁入れよう。あと、甘味と。その堅さならそれでOK」
「おーー!にゃんか、きらきらしてるにゃ」
「早く固めたい時は、少しづつ何回かに分けて、かけてやってな。ゼリーだけ、器に入れて、冷やしてやってもいけるな」
「わかった、ありがとーー♪ねーー、この下の奴、にゃんてったっけ?」
「タルト。タルトレットともゆうな」
「きらきらのタルト。おう、にゃんか誉められる気がしてきたにゃ!」
「ちゃんと今まで御免って言えよ。そうすりゃ少しくらいの悪戯は、多分許してくれるからさ。んじゃ、俺は失礼」
「えーー!帰るにゃ!?」
「いんや、洞窟でちょっと寝てく…毛布貸してくれ」
「わかった、持ってくるにゃん☆」
―その日のお茶の時間に、彼女お手製の菓子が振る舞われた。元々気の良い娘だった彼女等はすぐに機嫌を直し、彼女等の関係は、元通りになった。これで一安心…種族は違っても、家族同士。仲良くしなくちゃ。
☆終わり☆
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