【黒猫ぽすと】

―小鳥は歌うの巻―

「ねえ、らららーーってゆうけど、らってどんな意味?」
「意味ってゆわれても‥歌詞忘れたか、面倒くさい時、らで済ますんじゃにゃい」
「何それぇ‥」
「タマル、鼻歌の方がいい♪」
「だよにゃ♪らーーでもるーーでもふふん♪でも好きにゃやつでいーーよにゃ」
「ふぅーーってのも有りだけど。わたし達は、それが一番多いかな」
「人魚はそうにゃんだ。あたしは、らがやっぱり、」
「舌を一々使う歌、苦手」
「タマルもーー‥」

街の近くの森のなか。この頃、風がいよいよ冷たくなってきた。
葉っぱを落とす樹は、もうすっかりはだか。
見た目にも、淋しい季節になってきた。
もっとも、葉っぱを落とさない樹のほうが多いこの森は、淋しさとは無縁のようだが‥

「ねえ、さっきあなたが言ってた歌詞ってなぁに」
「知らにゃいの? 曲に合わせて作った詞のこと♪」
「好きですーー、とか?」
「そーーそーー♪ああゆうのはださいけどにゃ」
「かっこわるい☆でもいい歌もいっぱいあるよ」
「タマルちゃんも知ってる?」
「うん♪だうんろーどでいっぱい覚えた」
「じゃあさっきの歌は?」
「ええと‥お姉ちゃん?」
「ちいーーさーーにゃーーまーーわーーるう、てーーんぼーーおーーうだいーー♪」
「へえ。きれいな歌・・・」
「あ、雨ふってきた」
「小雨。心配にゃい」

‥確かに、その雨はすぐ止んだ。
軽い雨のあと、雲のあちこちが切れた。霞んだ青い空が覗いている。

ここは街のとある家。
二階の、殺風景な部屋。開けっぱなしの窓の縁に、灰色と茶色の羽の小鳥がとまって、一生懸命歌っている。
そして‥、
「さて、出かけるかにゃ」
「最近多いね、お掃除とかお片付けの依頼」
「正直あたしもやだけど。でも人助けだしにゃ☆」
「だけど本当にきたない字だね。子供なのかなあ?」
手紙には、大きく乱暴な字で、昨日のとこの4番目のとこの、片付けお願いします、とだけ書かれている。
「何方でもよいではありませんか♪そろそろ大掃除の事を考える時期ですし」
「年末ばたばたするよりーー少し前に終らせて、ゆっくりした方がいいですーー」
「‥業者さんに頼んだら、高価いでしょうし」
「そっか‥じゃあ今日は私が行くっ♪要らないごみは全部、燃してあげるねっ」
「お家まで燃やさにゃいように、気を付けてね‥?」
「何! ? 信用ないなあっ★」
「お弁当作りますーー、頑張ってくださいねーー♪」

‥その家では、長年に渡って蓄めた『捨てられないごみ』が山積みになってた。
「うわあ、強烈。このお家のにゃかの家具より、多いんじゃにゃい?」
「大きなお世話。お嬢ちゃん達が代わりにやってくれるのかい?」
「代わりに? やっぱり手紙、あにゃたじゃにゃいの?」
「手紙なんて出してないけど。なんか顔色よくない、お兄さんに頼んだんだけどねぇ。ま、頑張ってね」
「燃やしていいですかっ♪」
「え、ええっ! ? 大丈夫?」
「大丈夫ですっ! 普通の炎じゃないですからっ☆」
「リサぁ、ちゃんと加減するにゃ‥」
「何よぉ、見てなさいって。先ずはもっと母屋から離してっと‥手伝って♪」
「‥広場に運んでは」
「‥怒られると思うにゃ」
「‥では、素直に積み上げましょう♪」
「おっけーー、よいしょっ!」

程よく積みあがった所を、地雷型アークフレアで一掃。始めてから30分で片付いた。
「あ、ららーー、早いわねぇ‥日暮れまでに終るかなって思ってたんだけど」
「どいたしましてっ♪」
「‥失礼いたします」
「ああちょっと、あなた達、お茶飲んできなさい♪」

‥一部始終を、灰色と茶色の羽の小鳥が見ていた。大きな黒い目を縁取る羽が、睫毛のように見える。
「で、依頼人って誰かな?」
「‥男性のかたと仰っていましたね」
「病気がちにゃんじゃにゃい? 仕事請けても動けにゃいから、弟さんかにゃんかが手紙書いたんでしょ」
「そっか。じゃあいっか☆でもお弁当どうしよ」
「この空の下じゃにゃーー‥ぽすと覗くついでに、ラセンとこ行って食べよっか」
「‥ご迷惑ではないでしょうか、押し掛けたりして」
「手土産付きだし大丈夫だよっ☆居なかったら寺院迄戻って、そこでごはん♪」
「そこからだったら帰ったほうが早いにゃーー」

ここは街のとある家。二階の窓の縁では、相変わらず、灰色と茶色の羽の小鳥が歌っている。
時々、誰かの咳き込む声がする‥そして森のなかのお家。
「あのさぁ、じゃあ歌詞ってどんな事書くの」
「自分がした事とか、してる事とか、したい事じゃにゃいかにゃあ」
「してもいなければ、する気もない事を歌う人もいらっしゃいますが」
「一般に詩人って、そういう人達じゃないですかーー」
「‥何か、何方かの役に立つ事もあるかも‥」
「大抵にゃんの役にもたたにゃい歌ばっかしだけど」
「詩人はその霊感を悪霊から受けるっ、て書いてあるね。そゆ事なのかな?」
「要するにその歌きけば、その人の質が大体解るって事でしょ? あ、レベルか☆」
「等級っても詩も歌も遊びでしょ? 遊んでばっかしじゃ駄目だよにゃ♪」
「それでご飯を食べてる人もいますーー」
「そーーゆう人は、いい事ばっかし歌うといいにゃん」
「でもそうじゃないですーー殆ど、みっともなくて恥ずかしい歌ばっかりですーー」
「そーーゆう奴は地獄いき☆放っとくといいにゃ」
「‥本当に、あの様な歌を聞くと、気が滅入ります」
「喜んでる人も居ますーー」
「似たような心の方だからでしょう? その人が選んだものを観る事で、その人自身の質が測られる事も」
「あるよねっ、確かに」
「ねーー、じゃあタマルどんな歌歌えばいい?」
「聞いただけで幸せにゃ気分ににゃる歌とか♪歌詞にゃんていーーよ」
「わたし挑戦してみたいな‥んーー、いい事、いい事か」

数日後、また手紙が届いた。今度は街の食品問屋の、整理を手伝ってほしい、と‥。
「これは燃せないなあ☆」
「だめだからにゃ、絶対。」
「ではわたくしが参りましょう。力仕事の様ですし」
「フローラ1人で充分かにゃ」
「何を仰るのです。貴女も来るのですよ♪」
「にゃうーー‥」

その現場に向かう途中‥
「ねーー、おまえらって、羽根出したり消したり普通にできるの?」
「できますよーー♪でも消してる間、肩の後ろがむずむずしますーー」
「狭い所や不都合な所では消す事にしています。ですがやっぱり、出していた方が伸び伸びしますね☆」
「にゃるほど、そゆ事か‥。あーー、あそこにゃ」

その問屋の倉庫も、かなり派手に散らかっていた。
「これは片付け甲斐がありますね。頑張りましょう!」
「あたし、これ見た時点で、やる気にゃくにゃった‥」
「何言ってるんですかーー。いきますよーー☆」
「それじゃお嬢さん方が、あの兄ちゃんの代理?
一昨日きたけど、なんか咳き込んでたから、帰ってもらったんだけどさ」
「その方の御身内と思われる方の依頼で参りました」
「それじゃあ給金は」
「その人のとこでいーーですよーー☆私達は結構ですーー」
「いやそーーかい? まぁせめてお茶でも」
「わあ、ご馳走様ですー♪」
「むーー。にゃんか、こにゃいだから似たようにゃ鳥がいるにゃあ。こっち見てる」
「よそ見禁止ーー。セリアさんーーお仕事ですーー」

確かに今日も、灰色と茶色の羽根の小鳥が、彼女等の仕事ぶりを見ている。
まあ、仕事の方は、殆どフローレットの活躍で、さっさと済んでしまったが‥
「いや凄いねえ‥只者じゃないね、特にその、髪あげたお嬢さん」
「あら☆いいえ、では私共は失礼致します」
「ふいーー、つ、疲れた‥」
「こらーー、もーー、挨拶の前に本音言っちゃだめですーー」
「ははは、普通そうだよね。よし、なんかお土産あげよう。何がいいかな‥」

帰り道で‥冷たい風に吹かれて、落ち葉が舞っている。
「にゃんかいっぱい貰った‥乾燥肉かにゃあ」
「役得ですね、セリアさん♪」
「貴女は耳とか、消せないんですかーー?」
「無茶ゆわにゃいでよぉ」
「うふふっ♪さあ今夜はこれを戴いて、チャウダーでも作りましょうか」
「楽しみですーー☆」

‥例の小鳥が彼女達を見ている。然しすぐに、何処かへ飛んでいった。
そしてその日から、掃除や片付け物の依頼は、ぷっつりと来なくなった。

そして森の中のお家‥
「だーーから、恋だの愛だの言ってちゃ駄目にゃんだってば。たまるお手本!」
「いーーよお♪不気味な色の毒茸がーー♪」
「も少し先だにゃ‥」
「えーーとお。落ち葉ーーのーー、重なるみーーちーー歩いてゆーーくーー、小鳥達のーー、声きーーきながらーー♪」
「いいじゃない。誰の歌?」
「わかんない☆」
「あらら‥そっか、そういう歌を目指せばいいのね。うーーーーん‥」
「じっくりにゃやんで、頑張るがいーーにゃん☆」
「もぉ。あなたも作ってみなさいよぉ」
「あたしは別に」
「そういえばこの所、お掃除とかの依頼が来なくなりましたねーー」
「一通り、済んだからじゃにゃいかにゃ」
「そうでしょうかーー」

そこへ、灰色と茶色の羽根の小鳥が飛んできた。だが、体のあちこちが、透けて向こうが見えている。
「わあ! どうしたんですか、この鳥さんーー!」
「違うの。あたし鳥じゃないの。妖精なの‥」
「はいーー? 変身してるんですかーー?」
「人の、何か作る人の、波動に共鳴して、見える姿を作れるの。でも特技はそれだけなの‥今まで詩人さんのお家にいたの。だけど、ずっとただで働いてくれたあなた達に、お礼を言いたくてきたの‥」
「元々見えざる方なのですね‥その方は?」
「ちょっと待って、詩人! 本当に? 凄い人! ?」
「ううん、全然だめなの。だから、お仕事しながら、毎日考えてたの。遊び事でも、罪深い事はしちゃいけないって、いつも言ってたの。だからいつも、疲れてて、眠そうで、お腹すかせてた」
「‥それで私達に依頼を」
「そうなの。でも自分が働いてもいないのにって、お礼を返しちゃってたの」
「段々あなたの体も透けてきましたね‥あまりお話なさらない方が」
「何か食べませんかーー?」
「食べられないの。あたし達は一番、不安定な種族なの‥それでね、少しでも長く、形で居たくて、その人のお家の窓辺で、毎日歌ってたの。でもあたし、役に立たなかったの」
「今、詩人‥その方は?」
「ずっと前から風邪ひいてて、少し前に違う病気にもなって、死んじゃったの」
みんな黙ってしまった。
「あたしする事なくなったの。いつ消えるかわかんないから、お礼を言いにきたの。何にも言わなくてごめんなさい。ありがとう‥」
「(詩なんて遊びなんだし、普通に働いて、体力付けて、何ていえる状況じゃないかな‥)て、天国に行ってるといーーにゃ☆」
「あたしもそう思うの♪」

すっかり小鳥の姿は消えてしまった。声だけが、小鳥‥妖精がいた辺りから聞こえてくる。
「可哀想ですーー、貴方もーー、その方もーー」
「あたしはそう思ってないの。あの人は、嫌な人たちと仲良くしたくないって言ってたの。無理しても、どうせすぐ仲間外れになるからって。あたしも、元々ぱっと生まれてすっと消える種族なの。だからこれでいいの」
「‥もう話さないで下さい‥消えてしまいますよ」
「ううん、いいの。あの、うるさくしないから、すこしうたわせてほしいの‥」
「ええ、どうぞ♪」

その夜。森に小鳥のような、澄んだ声が流れた。
とぎれとぎれだが、優しげな、時に哀しげな‥樹々をわたる風の音に混じって、それは、だんだんかすれて、聞こえなくなっていった‥

☆おわり☆

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