【あんじぇらーむ】第1話:『独りぼっちの魔女』前編
by MARCY
誰も居ない薄暗い遺跡。
その奥の広い舞台の階段に座って、1人の少女が泣いていました。
音のしない、風も吹かない、静かな遺跡。壁には、油の無い不思議な灯りが整然と並んでいます。
陽の射し込まない深いところ。少し、焦げ臭い匂いがします‥その匂いの元は少し前まで、この遺跡で、只踊り続けていた"動く死体"達でした。
心も、勿論とっくに魂も、持ってなかった動く死体達‥今の"彼女"には必要の無い物でした。
だから、残らず、炎の魔法で焼いてしまいました。
すると、本当に本当に、独りぼっちになってしまいました。誰がこの場所を、尋ねてくれるでしょう?
誰が、"彼女"を心配して、此処から連れ出してくれるでしょう?
今まで色んな人達に意地悪な事ばかりして、何か、願いを叶えてあげるにしても、その人の魂を代わりに求めていた自分の事を‥
案じてくれる人なんて、1人も居ない筈です。
そう思うと、また彼女は、泣きだしました。
そう、"彼女"は、少し前までこの世界で"人間の神"と呼ばれていた者でした。
ある日他の"神々"が突然自分を捕らえ、別の世界から来た‥まるで気狂いの様な者と一緒に狭い空間に閉じ込めて、星の上空、大気の外まで運んでいって、
‥何とかほんの少しだけ地面に隠して残しておいた分身も、夢の力を使う、不思議な猫娘に‥
破壊に侵略に征服に支配‥"男性的な部分"を全部消されて、男性ではない姿を、選ぶしか無くなりました。
いまの"彼女"を見て、いったい誰が"彼女"の元の姿に気付いてくれるでしょう?涙が少しも途切れずに溢れてきます。お腹も、空いてきました。
「‥太陽の雫よ、此処へ」
彼女が右手の掌を差し上げると、虹の色に輝く、透き通った結晶が、掌の上に現れました。
かりこり、かり。
彼女は、それを食べました。少し元気は出ましたが、お腹は空いたままです。
何時まで、此処にこうして、座っていなければならないのでしょう。遺跡、"神殿"の中を歩き回っても誰も居ません。此処から出ても、何処にも行く宛てなんか有りません。頼れる人も、誰も居ません‥
どうして、自分が、こんな目に遭わなければならなかったのでしょう?
どうして、自分だけに、こんな運命が降り掛かってきたのでしょう?
今までしてきた事が悪い事だなんて、誰も、言った事も無かった、いえ、誰が悪い事と決めたのでしょう?
少女には、もう、怒る気力も有りませんでした。
ただ悲しくて泣き続けてるだけでした。
彼女の他に誰も居ない薄暗い遺跡の奥の方から、啜り泣く声が聞こえてきます‥もう何日も、何日も。
そして此処は"緑のお城"の手前の、森の広場。
オレンジの扉からセリア達が飛び出してきました。
「ただいまーっ!!みんにゃちゃんと、いい子にしてたろーにゃっ!?」
「馬鹿猫!その言い草は何だその言い草は!」
「うるさいっ!くろたんおまえが1番危にゃいのっ!誰も殺したりしてにゃい!?」
「見ろ、この人間共を‥未だ何者も死んでは居らぬ」
「ひゅう‥」
「お姉ちゃんお帰りー☆」
「よしよし、もう大丈夫だからにゃ、たまる♪」
「フン、それはどうか。見ろ、人間共を。一様に、我等に剣を向けておるわ。例え、頭数が1万居ろうと我の敵では無いのだがな‥フッ★何とも哀れで愚かな事よ」
「ハダスよ止さぬか。貴様が其の様な事では全種族の調和など、到底果たせぬ」
「今回はー、暴力的な事は禁止なんですよー?」
「止むを得ない場合を、除いてだけどねっ♪」
「むぅ、ザイト!君等もか」
「イヒヒヒ、お待たせなの☆あんじぇらーむ計画1回目、午後の部、始まりなの★」
「ブ、ブルードラゴンにエンジェルが2人!?」
「助っ人に来たのか!?」
人間達が、少し怯みました。ドラゴン族は全ての魔物の中でも最強。
エンジェル族は全ての妖精の中でも最上。
此処は"彼らの"森の中‥たった数十人の兵士達では適う筈が有りません。
「違いますよー、言ったじゃないですかー」
「全種族の、調和と和平の実現の為の、お仕事に来たんですからねっ♪」
「イイ子だけなの。悪い子は省くの★」
「るでぃあー。始める前からそんな事言っちゃだめでしょー?」
「だってコノ人間ちゃん達アタシ達に剣向けてるの★」
「いや待て。待ってくれ」
兵士達が、ルディアの言葉を慌てて遮りました。
「我々は、王の命を受け、調査に来ただけだ」
「無論、この森に居るのが悪しき魔物であったなら‥然しお前達は」
「ほらやっぱりっ♪」
「喧嘩に来たんじゃ無いんですよー」
「たまる、前にここに住んでた時も、兵隊さんに、いじめられた事なかったもん」
「むぅ」
「これで解ったろう、ハダスよ‥ここは争うべき所では無い」
兵士達は、不思議な気持ちで皆を見回しました。
今まで、こんな風に、互いに戒め合う魔物達を見た事が無かったからです。
魔物といえば出会って直ぐに襲い掛かってくる野蛮で狂暴な者。
だけど目の前に居る魔物達は、明らかに他と違います。とても綺麗で、可愛らしい者まで居ます。
「お前達は一体、」
その時、少し遠くから、鎧と剣のかちゃかちゃいう音が沢山聞こえてきました。
兵士の一団です。
「おお!援軍が」
「いや待て」
セリア達の1番近くに居る兵士が皆を制しました。
「にゃう?あいつらまさか、あの時の」
「たまる覚えてるー♪あの時の兵隊さんだよ」
援軍の兵士達が到着しました。
「やはり君たちか」
先頭の兵士がニッコリ笑いました。やっぱり、あの時‥
メアリアンジュにこてんぱんにされた兵士さん達でした。
「知っているのか!?」
「ああ、よく知っている。
済まないが、此処は我々に任せては貰えまいか」
「うむ‥」
兵士さん達が列を入れ替えました。
「にゃんか久しぶりだね」
「何時かは会えると思っては居たがな。今日は、あの小さな子等は?」
「今日は連れてきてないんですー」
「それは残念だ‥所で」
兵士はハダスとザイトを交互に見つめました。
「ブラックドラゴンにブルードラゴンか。あなた方は、あの夜は居なかったな」
「うむ。別行動を取って居ったからな」
「やはり、この娘達の仲間なのか?」
「ただの仲間じゃないよっ家族なんだよっ♪」
「これはこれは」
「今回は我等だけだが、他にも金色の者と赤色の者と緑色の者が居る」
「そうか‥目的は彼女等と同じなのだな?」
「当然だ。さもなくば家族からも同胞からも除名されてしまうからな、ハハハハ★」
兵士さん達がどよめきました。
魔物達が、ドラゴンまでもが厳しい決まりを作って、
ちゃんと守って暮らしてるなんて、考えた事も無かったからです。
「なる程。理解した」
「所で別行動とは、何を行っていたのか」
ハダスが、フンと鼻息を吹いて答えました。
「同胞、若しくは同胞と成り得る者共の集落を回って居ったのだ。我等の中にも貴様等人間には、根強い偏見と嫌悪感を抱く者が大勢居るからな。他ならぬ我も、そうではあるが」
ザイトがハダスの前に進み出ました。
「そもそも先の、先週1週の全ての事は、今回の、この事の為であったのだ。故に私達は、この調和の計画を彼等に持ちかけ、肯定した者を悉く同胞の列に加え、
否定した者は‥已むなく悉く調伏した」
また兵士さん達がどよめきました。
さっきタマルに聞いた、彼等の計画。自分たち人間も含めた全種族の調和。
その為に、魔物達が、お互いに戒め合い懲らしめ合うなんて‥
彼等の計画。それは自分達にも、特別に良い事でもありませんが、決して悪い事ではありません。
「聞いての通りだ」
兵士が仲間の兵士たちを振り返って言いました。
「この者達は1名の例外もなく、全てがこの様な者達である。我々の敵として、行動している者ではない」
「そうとも言えぬぞ」
ハダスが進み出ました。
「先にも述べた様に、計画の障害となる者は悉く叩き潰す。貴様等人間も然り、人間で無い者も然り」
それを聞いて、さっき後ろに下がった兵士の隊長が言いました。
「ほう‥然しお前は、随分と体躯の小さな者ではないか‥ドラゴンが我々の脅威である事は確かだが、我々より体躯が、精々2回り程度の大きさに過ぎぬお前達は、然程の脅威になるとは思えないのだが」
「フン。我等は動物の如くただ巨大な体躯となる事を捨てた者だ。それに拠り。真の知識と力とをこの身に受ける事を許された」
「許された?何者に」
「我等の主にして貴様等の主。"見えざる神"と貴様等が呼んでおる御方にな‥然もなくば、この様に、一介の竜に過ぎぬ者が‥フフフ。
あくまで疑うなら、見るか。真の竜の力を」
そう言うとハダスは足元の大きな石を蹴りあげて、
「フンッ!」
ハダスが拳を握り気合いを放つと、石は真っ黒な炎の様に揺らぐ波動に包まれ‥
砂になってサラサラと芝生の上に落ちました。
「おおっ!?」
「フン。こんなものは小手調べに過ぎぬ。さあ、貴様等の内に我等の前に立ち、あくまでも我等の、むうっ!?」
ぽかり。セリアがハダスの後頭部を、細長くて大きなパン。
フランスパンで、ぶちました。
「にゃにやってんの!折角、はにゃしが良い方に進んでたのに、また戻しちゃったら駄目でしょ!?」
「ぬうっ、馬鹿猫貴様っ!」
「うるさい!あんまし暴れたがるようだったら、おまえだけ転送で、あっちに送り返すからにゃっ!」
「まあセリア殿、落ち着け」
「ざいとも、見てにゃいで止めにゃよ」
「いやまぁデモンストレイションとして良いかな、とな★」
「これだもんにゃー★」
「き、君はまさか‥」
兵士の1人がセリアを見て進み出ました。
「にゃう?」
「そうだ、君らだ。前に私達が警護を務めるあの街で、何度か見掛けた事がある。確か、何でも屋をしていたのではなかったか?」
「ああ、そういえば」
「エンジェルが一緒の事も有ったな」
「見えざる神の教会とも縁が有ったとか」
「時には我々より遥かに良い仕事を成し遂げる事も有った様だが」
「ハハハハ、いやそうだ、確かに君らだ!」
「あー、覚えててくれた?
にゃーう、やっと、この話題が出たー♪」
セリアは傍に座ってるタマルに、持ってたフランスパンを渡しました。
「そー♪もうあの街には遊びに行く位だと思うけど‥あたし達、本当に、この星の良い奴全部がにゃか良くにゃれる様にって思って、その為に来たの」
「そうだったのか‥」
「では先日の大災厄、いや奇跡とも呼べる大異変は」
「あ。にゃう‥」
セリアは少し困った顔をしましたが、
「隠しちゃいけにゃいね‥そー。あたし達みんにゃと後おまえらが‥神さまって呼んでる精霊の王さま。大精霊みんにゃと協力して、やったの」
「何の為にっ!?」
「この計画の為」
兵士さん達が又どよめきました。
「‥解った。戻って我々の王に伝えよう。この場で、どうこう出来る問題では無い様だからな」
「加えて、あなた方の王に伝えて貰いたい」
ザイトが言いました。
「確かに私達は、あなた方の敵として在る者では無い。もし、あなた方も、心有る者達全ての調和を、望んでいる者であるならば」
「解った。伝えよう」
「然し、この者達は魔物だ!先の災厄も、この者達に拠るものなら、それに因って失われた数万もの」
「もー!イイ加減スルの!」
それまで黙ってたルディアが剣をしまおうとしない兵士の前に飛び出しました。
「コレじゃ何時まで経っても先に進めナイの!アナタ達がソンなだから、アタシ達がスルの!」
「お前達が言う平和など我々には信じられん!」
「あそ★ソンじゃ見してアゲるの♪」
そう言うとルディアはニヤリと笑いました。
「ルディアさんー?」
「乱暴は無しだよっ?」
「解ってるの。こないだ聞いた、アタシと同じ特別妖精‥
原理が同じなら、アタシにも少しは出来るハズなの☆」
「るでぃあー。何をするつもりー?」
「イヒヒヒ★」
ルディアは皆の真ん中、少し高い所へ飛んでいきました。兵士たちを見下ろして言いました。
「アナタさっき平和って言ったの。アナタは信じられナイって言ったの。だから、自分の意志で剣をしまう事も出来ナイ。だからアタシが手伝ってアゲるの★平和の為に」
ルディアは目を閉じて、両手の指を組みました。
「あるる、いる、ふぉる、うる‥いしゅ、ふれーる!」
体が蛍の様に光ります。
「モシ御心ならば、コノ場所に平和を!なの♪」
ぴしっ、と音がして、一瞬空気が固まりました。
固まった空気は、すぐに薄い硝子の様に、キラキラ光りながら崩れていきました。
剣を抜いていた兵士たちは弾かれた様に飛び退いて、さっと剣をしまって全員気を付けの姿勢を取りました‥全員びっくりした顔のままで。
「イヒヒヒ★どーおー?コレでも解ってくれナイのー?」
「な‥な‥!」
「どうだろう。これでも彼等は、野蛮で狂暴な魔物なのろうか。我々人間の内にも、誰かこの様な事を願い、この様な事を為す者がどれだけ在るだろうか」
セリア達の前に居る兵士さんが言いました。
「彼等に比べ、我々は何をして来たのか。何をしているのか。この先、何を為せるのだろうか‥少なくとも彼等の障害となる様な事だけはしてはならない筈だ。街の、ならん事なら世界の、平和を望む者として」
「む、むう‥」
『つづく』
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