部屋の中央には大きな魔方円がある。その魔法円から何かが現れようとしていた。こうしたときにはどうしたらいいのか? タルケンには魔術知識がなかった。仕方ない、出てきたヤツと戦うまでだと腹を決める。
それは素早く形を現した。堂々たる豹頭の悪魔であった。紫色のマントをまとい、魔法円の中にどっしりとした存在感をもって立ち上がった。
「お前は何者だ?」タルケンは怖じることなく問うた。
「魔物に名前を尋ねる……フフフフ……相手を言葉で支配するときに名を得ねば力を用いることも能わぬからな。しかし我はあえてお前に名を告げよう。お前の力で我を縛れるものなら縛ってみるが良い。我が名はオズ。アザー様にお仕えする悪魔だ! 我と出会ったことを後悔しながら肉片と化すが良い!」
言うが早いかオズが一声吼えた。音は衝撃波となりタルケンを襲う。吹き飛ばされそうになるのを堪えながら、抜きざまに剣を薙ぎ払う。この素早い攻撃はオズも予想外だったのだろう。大いに傷つけられ狼狽の様子さえ見て取れた。
「子わっぱと思い油断したわ。剣で来ようというのであれば、我も相手するにやぶさかではない。来るが良い!」
タルケンは簡単に言葉には乗せられず、ぐっと腰を落として構えた。
「来なければ行くまで!」
マントの中から細身の直刀が繰り出される。突きを跳ね上げながら「ケットシー!」と素早く呼ぶ。猫妖精はオズの空いた脇に飛び込んで、小さなレイピアで胸を突いた。
「姑息な真似をするガキめが!」
オズは怒り心頭でラッシュを掛けてくる。タルケンの作戦は当を得た。怒りに任せた太刀筋は読みやすい。ことごとく避けて、逆に小さくオズの腕といい脚といい刻んでいく。ケットシーもかけずり回ってヒットエンドラン攻撃を繰り返した。
「邪魔だ!」
「しまった!」
不意に振り向いたオズが、後ろを見せて逃げるケットシーを蹴り上げた。タルケンが背後からマント越しに鋭く切りつけるのも意に介しない。ケットシーは天井にぶつかり、そして床に落ち、動かなくなるとやがて、消えていった。
「ケットシー!」
完全消滅した訳ではないが、再び召喚するには何日か、かかってしまうだろう。
そしてオズのマントが振り向きざま翻った。タルケンはあおられ、思わず体勢を崩した。そこに上から振り下ろされる剣。猛烈な火花が散り、辛うじて十字に受けたがその衝撃たるやもう少しで膝がカクリと折れるところだった。それはそのまま死につながったろう。
オズは受けた剣を強引に押してくる。と、タルケンはその力を利用して、すいと体を前に滑らせた。剣を受けたままだから、オズの力でオズの懐に押し込まれるようなものだ。オズの剣はタルケンの頭をかすめて床に刺さる。タルケンはその膂力の束縛から離れるや、バスタードソードを突き上げた。勢い余って上からオズの巨体が覆い被さる。剣は易々とその心の臓を貫いた。
霊力が傷口から勢いよく吹き出して行く。もうオズは体を保つことが出来ない。青い炎と消えながら、哀れにも叫んだ。
「オオオーーー!! お前ごときに不覚を取るとは、アザー様のお叱りを受けてしまうではないかああああぁぁぁ! オズワルドの魂が弱きゆえだ。我が真の力はかようなものではないぞ! タルケンよ、再び逢うときは覚悟しておけ!!」
捨て台詞と共に消え去った。
背後でバン!と大きな音がして、扉が開いてハッタタスが転がり込んで来る。
「タルケンさん! ご無事でやんしたか?」
「ああ、何とかね。ケットシーはやられてしまった」
「そいつぁ残念なことで……で、敵さんは?」
「炎となって消えたよ。悪魔オズだってさ」
「ええ? そんじゃオズワルドのヤツは?」
「うーん、判らない」
「何か手掛かりは無いでやんすかねえ?」
ふたりは探し始めた。本棚には怪しげな魔術所が沢山並んでいる。しかもタルケンの知らない言葉で書かれたものまで。オズワルドは実に研究熱心だったようだ。
血のついたナイフ、儀式用と思われる装飾のある剣や盃、魔術知識のある者が見れば、召喚儀式を行ったことは明白だった。タルケンは棚の引き出しを開けると、一通の手紙を取り出した。
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