《Dissonance》#1
(by 戯言士:皐月)
―――魔獣に遭遇する度逃げ続けること約半日。突然、目の前が開け、視界に飛び込んできたのは花壇と小さな一軒家…ここの住人は何を考えているのか?わざわざこんな強力な魔獣が徘徊する森の奥に居を構えるなど。まぁ、強力といえど自分が戦って苦戦する程とは思わない…自分一人なら。
左手に感じる小さな力を確かめるように握り返しながらそう思う。三日程、屋根のある所で寝た記憶がない。自分は気にしないが、この小さな姉はそろそろ限界だろう。交渉して泊めてもらうか…一週間ばかり前になるが、魔獣の牙やら卵嚢やらを魔術士に売ったので幸いに財布に余裕はあるが…彼は少し陰鬱な気になりながら小屋へ近づいていった…。
と、目の前で扉が開く。立っていたのは自分より小さな少女…自分の傍らに立つ姉くらいの背だ。
少年「…すまない。俺たちは旅の者なのだが、どうも道に迷ってしまったようなんだ。この家の…」
少女「…どうして入って来れたんです?…まさか遁甲結界に綻びが…」
少年の話を遮って喋りだす。何かを必死に考えているようだったが、少年の再三の呼び掛けにようやく応じる。
少女「ぁ…ごめんなさい、つい…。こんな所で迷子ですか…はい、お上がりください」
提案はあっさり快諾され家に招き入れられた。ぐるりと見回して疑問を投げ掛ける。
少年「一人暮らしか?こんな危険な森に?」
少女「そんな事言ったら貴方方も…お二人とも長旅するような年令に見えませんし…第一、魔獣の森なんて普通の旅人は通りませんよ」
こちらにも言えぬ事情があるように、誰にでもそういうものはある。不用意に踏み込むべきではない話題には触れない。長い旅で不要な遺恨を残さない為の最低限のことだ。素直に謝る少年に対し…
少女「そんな重い話でもないですし、気にしないでくださいよ」そう言ってた彼女の微笑みはどこか寂しげな影があった。茶を振る舞われ、一息ついた頃に少女が口を開く。
少女「そういえばお名前…まだ聞いてませんでした。良ければ…」
少年「アルタイル…と呼ばれていた。こっちはシエル…」一瞬思巡し「妹だ」と付け加える。
少女「…呼ばれていた?」的確なツッコミを入れてくる。
アルタイル「過去の記憶がさっぱりなくてな。気が付いたらそう呼ばれていた」
これに対して嘘を吐く理由もないので本当の事を言っておく。
少女「シエルさんは無口ですね…警戒されてますか?」
アルタイル「いや、もともと口が利けないんだ。不快な思いをさせたなら謝る」
これについては半分嘘。彼の記憶の中で彼女はしっかり口を利いていたし、今でもたまに精神に語り掛けてくるが…ああ言っておけば不運な障害者程度に認識されるだろう。そう思われる当の姉は気分良くなかろうが。
…しかし彼のそうした考えとは裏腹に彼女は何かをしきりに考えだした…そして、少女「失礼します」言うが早いか突然目を覗き込んでくる。
彼女の瞳は、アルタイルやシエルと同じ、血のような紅い色をしていた。偶然にも髪の色まで同じ…銀髪。難しい顔をしながら彼から顔を離し姉の目を見はじめる。しばらくして…少女「…ぅそ」という呟きが聞こえた。
アルタイル「?」
少女「…な、なんでもないです。ところで、ものは相談なのですが…」
無理矢理な話の打ち切り方で気になるが、言っても仕方ない。少女に続きを促す…
少女「もし、別に貴方方の旅に目的地とか、そういうのがないのでしたら、ここで一緒に住みませんか?私もずっと一人で結構淋しかったので…」
正気を疑った。初めて会ったばかりの出自不明の旅人にこんな提案などして…
アルタイル「お前を殺して金品を奪うために嘘を吐いているだけかも知れんぞ?」
少女「…そんな事しようとしてたんですか?」
先程の影のある微笑みで聞き返される。
アルタイル「…すまない。折角、厚意を向けてくれている相手に…」
少女「いえ。さっきのは私も端折りすぎましたね。心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫ですよ。この周り、ちょっと特別な結界敷いてましてね、悪意のある人はどう頑張っても入れませんから」
それが入り口で呟いていた《トンコ-ケッカイ》とやらなのだろう。
悪意…といえば、あれだけ凶悪な魔獣が外の森に徘徊していたにかかわらず、今は全くその気配がしない。「ですから…」と彼女は話を続ける。
少女「ここに居れば追っ手の方も来ません」
アルタイルの背筋に緊張が走る…追っ手などと話した積もりはない。何時でも飛び退けるよう身構える。
少女「…?あれ?最近借金取りに追われてて…とか言ってませんでした?」
そんな話もした覚えはないし第一借金などないが、そう言われれば…そんな事言ったような気に…なって…きた。
少女「第一、私がその追っ手と関係あるなら、そのお茶に薬なり何なり盛ります」
言われて気付く…しまった!片時も忘れなかった最低限の注意を怠るとは…が、薬物に対して場末の盛り場の常習者共以上に耐性の出来てしまった自分ならともかく、姉には何の変化もない。一服盛られたという事もなさそうだ。
アルタイル「重ね重ね…本当にすまない…」
過去、記憶にある中で二度目、心から謝罪する。
少女「さっきのお返し、です…で、お返事、聞かせて頂けますか?」
アルタイル「その提案は非常に嬉しい。“妹"の体力が心配だったんだ…」
少女「さっきも言った通り、追っ手の事は気にする必要はありません…だから貴方が私に迷惑をかける事はありません」
心を見透かしたかのような発言…
アルタイル「感謝する…」
少女「ところで…貴方方の名前、本名ではないのでしょう?何か記号みたいで嫌です…ぁ…ごめんなさい」
“記号"と言われてどきりとする。最強の人間兵器という名目で実験され、失敗・破棄された“彦星"と667体目にして完成形“空"…こんな曰くのある名前が好きな筈はない。
アルタイル「嫌いだから気にするな」
少女「良かった…なら、ちゃんとした名前、付けさせて貰えませんか?“人間の名前"」
またどきりとする。何故、この幼い少女はこんなにも真理を的確に突いてくるのか…そんな思いを知ってか知らずか…
少女「うん。アルトさんなんて如何でしょう?何とか…って意味があったような…」
アルタイル「いい響きだな」
少女「喜んで貰えて光栄です。シエルさんは…セレスティ…“空の向こう"って意味なんですが…ぁ、変えろって自分で言ったのに…引き摺ってます…よね…」
アルタイル「いや…万更でもない…むしろ気に入っているみたいだ」
少女「…そ…そうですか…家名は…ないですか…でしたら一緒に住むわけですし、私の家名…ライア-ト、って言うんですけど…それを名乗って頂ければ…」
その他、生活サイクルの意見交換やら食材調達の説明(おとなしい獣の多い森で狩りをするらしい)やらが一段落し、茶を煎れてゆっくりしている時に取り敢えずの疑問をぶつけてみる。
アルタイル「おま…君の名前、まだ聞いてないんだが…」
少女はきょとんとし、すぐに何時もの(と言うにはまだ早いか)の影のある微笑みで答えた…
少女「…フィ-ア、といいます」と答えた
#8
#7
#6
#5
#4
#3
#2
#0
歌劇団ニュース
プロフィール
インタビュー
歌
コミック
コント
戯曲
王劇設定集
王劇裏設定
地下劇場
壁を見る
投稿!
外に出る