《Dissonance#8
performer/Sin》
(by 戯言士:皐月)

「うーっす」
「へいらっしぇい!」
扉を開けた途端返ってきた無駄に威勢のいい声に思わずコケる。
けらけらという笑い声を、扉の角でぶつけた額を撫でながら頭を上げ、半眼で睨み返す。
「何なのさ?今の」
時間の関係か、客の一人もいない店内の奥…本気で接客する気があるのか疑いたくなるようなファンシーな柄のエプロンに身を包み、カウンターの上に座って(←!)本を読んでいたのは、この村唯一の酒場兼飯屋兼集会所…つまりこの店…の主人。
年齢不詳。本人曰く、「永遠の未成年!」
頭の両側で纏めた腰まで達する赤毛と、少しきつめのつり目が特徴的な少女。
「東の隅っこにあった国のお店の挨拶なんだってー。
ぇーと?何屋って言ってたっけ」
(見た目に似合わず)博識であるのだが、その興味と知識と使い道を激しく間違ってそうな感じがするのも彼女…アリステル・ガーラントの特徴(或る者に言わせると魅力)である。
「(黙ってれば可愛いのに)」
「誰が喋るとアウトだ」
「心の声につっこむな!」
そして妙に勘が鋭い。

「まぁいいや、適当に座ってよ。今日はどったの?」
分厚い革張りの表紙の本を閉じ、エプロンを外しながら問い掛けてくるアリスに、荷物を降ろして手近な椅子に座りながら応える。
「あぁ。一応、頼まれ物届けにね」
「なるほどね。いやぁ、報酬足りないとか言われたらどう蹴ろうかと思ってたんだけ
ど」
「蹴るんは確定かい」
適当にツッコミつつ、アリスが手渡してきたカップを受け取り、一気に呷る。
「いや、でも本当に報酬が“村のお野菜一年無料"とかなら暴れてるかな、流石に。
現金でちゃんと貰ったし、危険手当て込みでも額に不満はないよ」
報酬額を尋ねた折、そう答えた少女の声真似(当然似てない)などやりつつも、彼の表情は真面目なものだった。例の仕事から二ヶ月が経った。
といっても、後から聞いた話によると突然起こった衝撃に吹き飛ばされたスィンをフィーアが村まで引き摺って帰り、そこから数日意識のない状態が続いていたらしいので体感的にはもう少し短めであるのだが。
あれほどの戦いであったのに、スィンの傷は軽い裂傷と数ヶ所の骨折、フィーアが文字通り“引き摺って"きたことによる擦過傷(寧ろこちらの方が派手)くらいのもので、フィーア本人に至っては全くの無傷。
で、問題は…
「あれからアルトは?」
「まだ」
「…そうか」

戦闘中、一番丈夫そうだったアルトなのだが、実際診察したアリスによると相当ひどい状態だった。
戦いを生業とする者としては当たり前の傷…裂傷、打撲、捻挫、骨折…は云うに及ばず。
素人目にも特に目を引いた…否、“そういったもの"を見慣れている自信のあったスィンでさえ思わず目を逸らしそうになったのは、袖を裂かれて顕になった右腕だった。
ほぼ全体を火傷が覆い、指先に至っては一部が炭化までしていた。
そして、どれほどの衝撃を与えたらそうなるのか…骨折等という生易しいものではなく、右腕の骨が粉々に砕け、軟体動物の触手とでもしか例えようのない有様だったらしい。

村に担ぎ込まれて数日後、目覚めたスィンは自分やアルトの状態を尋ねた折、顔をしかめながらそう語ったアリスに思わず土下座した。

そして今でも未だ奴は目を覚ましていないらしい。「今は、ぁー…フィーアが家に連れて帰って治療してるよ。助っ人もいるから命には別状ないとは思うけど…どうも相当根が深いみたいね」
「…?」
ぽつりと洩らしたその言葉の意味を視線で問いかけるが、それに気付いていない訳でもなかろうに、彼女はそれには答えなかった。
「まぁいいや。行こっか」
おもむろに立ち上がったアリスを目で追う。
「フィーアん家。君、行ったことないっしょ?」
「道教えて貰えれば」
「無理」
スィンの言葉が終わらぬうちに重ねられる否定の言葉。
大きな溜息を吐きながらスィンは腰をあげた。

森を背にするように拓かれた村。スィンが村に入ってきた道とは丁度反対側…今迄居た店の裏手から森の中へと伸びる道があった。
「絶対はぐれないでよ」
「これでも冒険者の真似事は慣れてるんでね」
歩は止めず、こちらに顔だけ向けて言うアリスに、少々むっとして応える。
「そーゆう問題なんじゃないんだけど…まぁいっか」
暫らく歩き、漸くその意味を理解する。
耳鳴りと軽い目眩に似た感覚。それらは気のせいで済ませられそうな一瞬のものだったが…
「ぅをーい」
思わず呻きが洩れる。
「此処、何処っすかぁ」
気が付けば、知らない場所を歩いていた。
いや、森の中…という景色は変わりない。変わったのは“森そのもの"。
少し注意して見れば直ぐわかる。森の中にしては比較的歩きやすい道の両脇に生い茂る木々や草花の種類、木霊する鳥の声、肌を撫でる風…それら森を象る要素全てが先刻と全く違っていた。
「とーよーのしんぴー」
相変わらず意味不明。
が、判ったことは…
「…フィーアちゃんがやったのか?これ」
「そそ。女の子の一人暮らしは色々危ないからねん。
あ、今はもっと危ないかぁ、色んな意味で」
別にどうということもない、とでも言うような口調で答えるアリス。
しかしそれはスィンの疑念を更に募らせるだけだった。
先日の戦いの光景を思い出し、疑惑と不満を隠す気も起きず、思ったままを口に出す。
「…何者だ?あの子」
「いいとこのお嬢様ー」
「………」
「信じてないっしょ。べっつにいいけどさ」
会話になっているのかどうかも怪しい言葉の応酬を重ね、更に何度かあの軽い泥酔にも似た感覚を体験するうち、視界が開けた。

「ほい、とうちゃーく」
森の中にぽっかり空いた空間にあったのは、お伽噺にでも出てきそうな光景。
燦々と照りつける陽の光の下で輝く、白や淡い青を基調とした花々。
そしてそれに囲まれて建つ一軒の家。
「ほら、行くよ」
声にはっと意識を戻す。
思わず見入ってしまっていたようだ。何時の間にか間の開いたアリスの背中を追い、花壇の間に設けられた径に足を踏み入れる。

「……?」
それに気付いたのは扉まで後数歩といったところだった。
木の葉を揺らす風に乗せ、微かに声が聞こえた。
家の裏手から聞こえるそれに吸い寄せられるように、足が勝手にそちらへ向く。
近づくにつれ、次第にはっきりと聞こえだす。
それは歌だった。
詩を語る言語が解らないので意味は理解できないが、静かで優しいながら何処かもの悲しい旋律。
女性の声で紡がれるそれは、人を惑わすセイレーンの呪歌のように脳に染み渡る。

一人暮らしにしては十分すぎる大きさの家をぐるりと迂回した裏手。そこにも花畑が広がっていた。
表のおとなしい雰囲気とは打って変わって、明るく鮮やかな色彩が広がるそれにひとりの女性が水を撒いていた。
彼女が歌に合わせて頭を揺らすと、リボンで纏めた陽光に眩しく輝く地に着きそうなほど長い金髪が踊る。
と、
「……ぅん?」
こちらの気配に気付いたのか、歌が止む。彼女の黄金色の瞳と視線が交錯し…
「ぉ………」
スィンが口を開こうとしたその刹那、女性の姿が掻き消えた。自然のものではない風がスィンの髪を揺らし横を駆け抜ける。
それに彼が驚くより早く、続く声は背後から聞こえてきた。
「ちょ、ま!ぐぇ」
「にゃぁん、アリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんー」
そちらに目をやると、満面の笑顔でアリスを抱きしめ、猫がボールに戯れるように頬摺りする女性…。
その容姿に彼は動揺を隠せなかった。
ふるふると肩を震わせ…
「お胸様だあぁぁぁっ!」
「じゃかしぁボケぇ!」
アリスの頭が埋没するほどの、対健全男性精神崩滅兵装(通称、きょぬー)を指差して叫ぶスィンに向かって、上半身を固定された状態のアリスが器用に身体を跳ね上げる。
振り回された爪先は狙い違わずスィンのこめかみを撃ち貫いた。
「…………ぉぉ!」
凄まじい衝撃にもんどりうち転げ回るスィンを、何とか拘束を脱したアリスがげすげすと足蹴にする。
「死んでしまえぇぇっ!」
―――三十分後…
所々に置かれた植物の鉢が柔らかな印象を与える部屋に、重苦しい空気が充満していた。
「「ごめんなさい」」
スィンとアリスの声がはもる。
床に正座させられ、季節にはまだ早い小さな紅葉を頬に貼りつけてうなだれる二人の前、椅子に腰掛け優雅に紅茶を楽しんでいるのは、裏庭で水を撒いていた件の女性。
そしてもう一人、この重圧の主。
名をフィーア・ライアートという。
彼女も死刑執行を待つ罪人のような影を背負う二人を笑顔で見つめていた。但し、二人を見下ろす眼は欠片も笑っていない。
そう、スィン・デファンスとアリステル・ガーラントは、この法廷でほぼ確定された死刑の宣告を待つ罪人そのものであった。

時間を二十八分巻き戻す。

アリスの内なる修羅(比喩表現)が目醒めてほどなく、騒ぎを聞き付けたフィーアが慌てて飛び出してきた。
そして惨状を目にする。
アリスにボコられてボロ雑巾の如き様相を呈するスィン……ではなく、最短距離でアリスに突進した女性にくっきり足跡をつけられ、暴れるアリスに踏み躙られ、転げ回るスィンに蹂躙される花壇。
フィーアの顔に、見るもの全ての緊張を解きほぐすような柔らかな笑みが浮かぶ。
それに釣られてアリスが「てへり」とかしでかした瞬間

ぱん!ぱん!ごつん!

深い緑薫る森の中に、素敵な音がこだました。で、「…はぁ」
約三十分、延々と説教垂れられるよりも苦痛の大きな無言の重圧が、その小さな溜息で霧散した。
「怒ったところで花壇が直る訳でもないですし、もういいです」
九割諦めの混じったような風なフィーアの言葉に、俯いたままアリスがつっこむ。
「じゃあこの三十分は何だったんだよ(ぼそ」
「何か仰いましたか?」
「イエ、ナンデモアリマセンデスノコトヨ?ヲホホホホ」
ツッコミ、敢えなく敗退。
今の一言のやり取りで彼女達の力関係が判ったような気がした。―――――「そもそも、こいつの身体がけしからんのですよ」
アリスが突然立ち上がり、フィーアの隣の女性を指差す。
「…は?」
「…え?」
話の流れに付いていけず、スィンとフィーアはぽかんとなる。
指差された当の彼女など、自分が話題の的になっているのすら理解してないのか、不思議そうな表情で首を傾げたりなんかしている。
何となく、アリスの指が示す方向を追い…
「ああ、乳…」
「乳ゆうな!」
スィンの呟きに、すかさずアリスの怒声が被る。
どうやら、外での一件の続きらしい。
「っつってもなぁ…」
相変わらず話の流れに追い付けていない様子の彼女の「凄まじい」と称するしかない
それと、アリスのものを見比べ、思わず溜息。
「仕方ねえんじゃね?」
言った刹那。
「誰が変態専用だゴルァ!」
背景に銀河とか浮かびそうなくらい見事な右拳が、わざとらしげに首を横に振るスィンの顎を捉えた。
「そこまで言ってねぇ!」
「だいいち、何であたしと比べる?もっと無いのがそこに居るじゃん」
ずびしと指差し…今度はフィーアを標的にする。
突然矛先を向けられたフィーアだったが、ある程度流れを予想してたのか対応は落ち着いたものだった。
「あはー。あまり愉快なこと言わないでくださいね」
全くその通りだ。フィーアにそのネタを振るなどとんでもない。
スィンも彼女に追従するように頷く。
「ばっか。“自称未成年"のお前ならともかく、取り締まりとか色々面倒いこのご時世にフィーアちゃんみたいなょぅ…」
スィンは言葉を最後まで発することが出来なかった。
先刻迄とは比較にならないほど重苦しい空気…これはもう殺気と言えるかもしれない…が充満していることに気付いた。
今の今まで阿呆なネタを振っていたアリスも、指差した姿勢のまま固まっている。だらだら冷や汗流したり…
「…ぁ」
そこまできて漸くスィンは己の間違いに気付く。
半ばノリで会話を展開していたが、もしフィーアがアリス以上に切実に“そのこと"を気にしているとしたら?
引きつる顔を無理矢理押さえ付けながら、恐る恐るフィーアの方に顔を向ける。
どう見ても十代半ばに達しているかどうか?としか見えない彼女は、天使の笑顔を浮かべていた。天使の平手はやっぱり痛かった。

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