意気揚々と進むフィ-アの後ろを、何だか妙に疲れた様子のスィンが続く。
「あ-も-くそあの爺ぃ…何が“ちょ-っとヤヴァいかもしれない"だ!滅茶やばいじゃねぇか!帰ったら追加料金ぶん取ってやる!」
「え?聞いてないですか?今回の報酬は現金じゃありませんよ?」
「は?じゃあ…」
「村の野菜が一年無料♪」
「…まぢでそれだけ?」
「えと、“まぢ"です」
「orz」
「あは-」

《Dissonance#4》

(by 戯言士:皐月)

先刻まで散々恨み言を吐いていたスィンの口がぴたりと止まる。まだ目的の洞窟には暫らくあるらしい。
この距離で気配の変化を読み取るか。こいつもただの女好きの何でも屋、って訳でもなさそうだ。
「本当にただの魔族なんだな?」
九割方諦めを込めて発した俺の質問に
「アルトくん、デファンスさん。ごめんなさい。終わったら私からも報酬出します…」
という何とも心強い返答があった。(とっても皮肉
「まあ、こんなところで話してても仕方ないだろ。さっさと済ませちまおうぜ」
全くその通り。

問題の洞窟の入り口まで来た。森に入った時から感じていた、辺りに横たわる凶々しい気配も強く…否、それはもう気配などという域を越え、物理的な圧迫感さえ感じられるほどになっていた。
「…あ-、本気でマズったかなぁ」
「いいですよ?先に帰ってくれても」
「はっ、冗談。でも、いよいよとなれば君抱えて逃げるからね」
村でなら笑いながら出来るそんなやりとりにもどこか緊張が感じられた。
洞窟へ入る二人に続き足を踏み出そうとしたその時、この異常な空間でさえ感じ取れる妙な視線を感じて振り返った。しかしそこには野性の動物達すら息を潜め、不気味な静けさの支配する森が広がるのみ。
「どうしたよ?」
「…いや」
洞窟に目を戻し、先行する彼女達を追う。先刻の視線…気のせいではないという確信があったが、今は目の前の問題に集中しよう。均等に設置された燭台、通路にはみ出した大きな岩石を削った跡等、明らかに人の手が入っていると分かる広い通路を進む。

どれほども進まぬうち、なにもない空間から、ぱちぱちという何かが爆ぜるような音が聞こえだした。はじめは燭台が放つ音が反響しているのかとも思ったが、木や脂の燃える音とも違う…
前方を進む二人に注意を促す迄もなく、スィンがフィ-アを抱き抱えて後ろに跳ぶ。
それと同時、燭台で照らされていてもなお薄暗い通路が閃光で満たされたかと思うと、ひときわ大きな、ばぢっという音が辺りに響いた。
「何だよ今の?」
一跳で俺の隣まで退いたスィンのその言葉からすると、恐らく彼等を狙って放たれたあの攻撃の正体を見切って回避した訳ではないらしい。
「何か見えたか?」
「…いや」
「ちっ…いきなりこれは洒落になんねぇぞ」
「アルトくん、私の合図で前方、さっきまで私が立っていたあたりに移動。着地と同時に真上に剣を振ってください。デファンスさんはこのまま後方へ回避をお願いします」
「は?フィ-アちゃん、今のやつ、判ったの?」
「ええ、まあ…っ!アルトくん!」
意見を挟む間もなく、話の流れを断ち切るように放たれた声に反応して言われた通り前方へ跳ぶ。その直後
「《レギオン》モ-ド《グレイプニ-ル》!」
フィ-アの声と重なるように、先程と同じ、視界を覆う閃光と空を裂く音がする。

この行動に正直不安がないわけではない。彼女の実戦に対する慣れや戦闘能力、判断力は一切不明。彼女自身の言葉をそのまま信じるならば、背中を預けても問題はないのだが…。
テンプレ-ト通りの行動提示ならいくつか出来た。
先ずは取り敢えず一度退くという案。しかし敵が現状で視認出来ないうえに移動速度も不明、洞窟又は森を脱すれば追跡が途切れるという確証はないので没。最悪、依頼主である村民を危険に晒しかねない。そうなっては本末転倒である。
ならこの場で策を練るか?提示の価値もない、没。
矢や単調な火炎弾魔法程度のものならともかく、確実に回避出来るかも怪しいあの攻撃を浴びながらの議論など出来よう筈もない、というかやりたくない。それ以前にそんな芸当が出来るのならば議論の必要すらないのではなかろうか?

…その他諸々、実現の可否はともかく彼女に黙って従わずとも動き方はいくらかあるが、今更言っても仕方がない。場は既に動き始めた。このまま押し切るしかないだろう。それに、理由は分からないが彼女に従っても大丈夫だという気がしていた。

「《レギオン》モ-ド《タスラム》!」
俺の頭上を何かが高速で追い越す感覚。続いて聞こえた水風船が裂けたような音を聞きつつ着地。頭上の空間を抜剣の流れのままに凪ぎ払う。
少なくとも俺にはそこに何も見えなかった。しかし、振りぬいた剣とそれを持つ手には確かな手応えがあった。そしてすぐ傍でとさり、と何かが落ちる軽い音。

傍らに落ちたもの。それは一応、人型をしていた。全身は水死人のように青白く、ぶよぶよに醜く膨れ上がっている。そこから生える二本の足は細く、短い。
頭部はない…それ以前に、この死体には上半身が存在していなかった。断面の形状からして、俺の斬撃のためではないだろう。無理矢理引き千切られたような、ささくれだった断面を晒していた。

「やったの…か?」
「…おそらく」
「マジで?…おいおい一撃かよ。凄ぇな」
後ろから近づいてきたスィンの感嘆の声には答えず、死体の腹部に剣を突き下ろす。
死体は全身をびくんと大きく一度だけ痙攣させたが、それ以上の反応は示さなかった。
「これで仕事は終わり?」
「…だと嬉しいですね」
「…うん、分かってた」
剣を死体から抜き、付着した体液を振り払い鞘に収めながら洞窟の奥を見やる。
洞窟に入ってから瘴気は濃さを増す一方だ。目の前のこれが息絶えた今も薄まる気配はない。そして洞窟はまだ奥へ続いている。「先に進むぞ」
「待ってください」
歩を進めようとした俺とスィンをフィ-アが制する。
「あのですね、取り敢えず…降ろして貰えません?」
振り返ると彼女はスィンに後ろからお腹の辺りに腕を回され抱えあげられたまま、居心地悪そうにしていた。
例えるなら、巨大なぬいぐるみを抱える少女の図…
構図はそのものなのだが、こう表現した場合“ぬいぐるみ"役はともかくとして“少女"役が激しくアレだ…当然か。

「え-?でも、さっきみたく移動にはこっちのが便利じゃね?」
「今は戦闘じゃないからいいんです。降ろしてください」
「い-や」
「どうしてです?」
「いやぁ、意外と抱き心地いいんだわ、これが」
「…ロリコンか」
「…流れ的に同意したいんですけどね。私自身がそうすると何か負けなような気がします…というかアルトくんがそれを言いますか(ぼそり」
「(聞こえないふり)…樵夫のティオのところの娘を見る視線、たまにおかしいとは思っていたんだ…」
「…知ってます私。そういう人のこと“ぺど"って呼ぶんですよ…って私もそのカテゴリ-なんですか…」
「なるほど」
「いやいやいや待て待て待て!冗談だぞ?今のわ。俺の趣味はもっとこうすらっと背の高くて凹凸のはっきりした大人の女せおぅぐわぁっ!」
スィンの言葉の末尾が、何か聞いてはまずい音と共に奇声に変わる。フィ-アが眉一つ動かさず足を後ろに蹴りあげたのだ。
スィンは股間を押さえて蹲ってしまった。
「戦闘でもないのに負傷されても困るのだが…」
「…ぐぉ…ツッコミすらままならねぇ…」
などとやってる間に、離れた腕からさっさと抜け出たフィ-アは壁に向かって背伸びをしながらしきりに何かに手を伸ばしていた。
ぷるぷる震えているスィンを放置し、そちらに声をかける。
「どうした?」
「い…いえ。あれ…をっ!とりた…いん、ですけ…どっ」
見ると、俺の頭のすぐ上程度の高さのところに、拳が入りそうな大きさのすり鉢状をした穴が空いている。
何となく視線を下げると、爪先だちになりながら必死に手を伸ばすフィ-アと目が合ってしまった。ちょっと涙目になっている。何とも気まずい空気…
思わず正面の穴に視線を戻す。よく見ると、すり鉢状の穴の底の部分に何か光るものが埋まっているのが分かった。指を差し込み少しつつくと簡単に外すことができた。
「…指輪?」
それは小さな指輪だった。俺の小指に辛うじて入る程度の大きさだ。宝石の類はつけられていないが、燭台の炎に翳してみると、銀製と思われるそれ全体に古代魔術系の文字が彫り込まれていた。
「…ん?…ぉ、それ」
ふらふらよたよたしながら近づいてきたスィンもそれを覗きこむ。
「…ほ」
「ほ?」
「ほあああ!」
「(びくうっ!)」
突然、奇声を発した彼は、それを俺の手から奪い取ると食い入るように観察しだした。そしてまたも突然、がばっとフィ-アに詰め寄る。
「売って」
「…え?」
「…は?」
「これ。俺に。売って?」
あまりに突然、あまりに予想外、そして多分大真面目のその発言に俺もフィ-アも反応に困り固まってしまう。
「これだけ出すから」
空気を無視して彼が提示してきた金額にまたも愕然とする。それは王都の真ん中で一生遊んで生活出来る程の金額だった。
フィ-アは意外とあっさり立ち直り、口の端を釣り上げながら(←似合ってない)こう宣った。
「だめですね。本当に欲しいなら、これくらい出して頂かないと」
一瞬、意識が遠退く。フィ-アの提示し返したその金額。単位を間違えていないのなら、ここから東に位置する大きな王国の国家運営費にも迫る額の筈だ。
何故だろうか…ひどく頭痛がしてきた。どこをどう間違えて、俺は一体どこに迷い込んでしまったのだろうか…
素材がどうの、彫刻がどうのと、やたらと遠くからそんな会話が聞こえるような気もするが、おそらく気のせいだ…きっとそうだ…
ああ、何故か泣けてきた…「…はっ!」
いかん。ゆるい空気に毒されて忘れるところだった。こんなことをしている場合ではない。
「おい!先を急ぐ…ぞ?」
目を向けた先には肩で息をする二人の姿…
「はぁっ…はぁっ…少し…休んでいきません?」
「…そ…そうしようぜ」
「戦闘が終わってから結構経つ。充分休んだだろう」
「…いや、なんつ-か」
「…さっきのやっつけるより疲れてますよ…あは-」
「……好きにしてくれ」
頭を抱えて座り込む。
本当、泣けてきた。―――――

「でも、よかったですよねぇ」
カップに注いだコ-ヒ-を一口飲んでほっと一息つきがらフィ-アが呟く…というか何を持ってきているのだこの娘。
「んむ?」
その呟きに反応したスィンはハムサンドを食していた。
そうか…村の平和は遠足のついでだったのか。
「馬鹿やってる間に新しいの来なくて」
「♪♪♪(口笛)」
「ほぅ…馬鹿をやっているという自覚はあったんだな、フィ-ア…」
「(びくり!)…ぴ-ぴ-ぴ-♪」
「いや、吹けてないから」

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