「それもある意味、間違いじゃありませんね。彼女は生者も死者も…全ての罪を巻き込んで成長する。終末の龍、原罪の落とし子…私達は“ザッハ-ク"と呼んでいました。そして…あの人は“龍の護人"で…第七の騎…士……っ!!」
フィ-アの微笑みが凍り付く。かわりにその顔に隠しようのないほどの焦燥が浮かんでいた。
「デファンスさん。私達も出ますよ」
「はぁっ!?」
会話の流れを完全にぶっち切ったその発言に、思わず素っ頓狂な声が出る。
「出るって…」
正気を疑う。戦いを目で追い掛けるのと、実際に体を反応させるのは全く別物と考えてよい。当然、後者の難易度は前者を遥かに上回るという意味でだ。
矢張りこの娘にその辺りの感覚を理解しろというのは無理な話だろうか?
「それにほら、今の状態なら、アルトに負けはないだろ?」
運動性能でも体格でも、白ロ-ブよりアルトの方が上回っている。今のようにあの化け物が動かなければ、勝負が決するのも時間の問題だろう。
しかし、それをフィ-アは首を横にふって否定する。
「あの人の身体能力は問題ではありません。問題なのは扱う術です」
「…凄い魔法でも使えるのか?」
「あの人の…第七の騎士の力は…」言葉を最後まで続けずにフィ-アは指から指輪を抜き取りながら戦いの方へ歩みを向ける。
「…糞っ」
こんな無茶苦茶なことになるなど、依頼を請け負う時には思っていなかった。
「待てよ」
肩を掴んで引き止めたスィンに振り返ったフィ-アの顔は…
「(……ッ)」
全ての感情の死んだ顔。ただただ冥く深く、なにものも映さないツクリモノの瞳…
アルトが見せたのと同じ顔だった。
無意識のうちにフィ-アの肩を掴んだ指が強ばる。無茶も色々して死にそうな目に何度も遭ったが、これほどの…今の彼女から受けるほどの恐怖を覚えたことはなかった。
思わず手を離したスィンを暫らく見ていたフィ-アだったが、直ぐに顔を正面に戻し何事もなかったかのように歩みを再開させる。
「……糞がッ!」
吐き捨てるように呟きつつも後を追うスィンの耳に、数歩先を行くフィ-アのちいさな笑い声が届いた……ような気がした…。
そしてスィンの耳に確かに聞こえるフィ-アの唄うような声…
「我、第四の支配者が第八の騎士に命ず。其の姿を此処に顕し、阻むもの討つ力とせん…
汝が名は“中庸"。清純たる妖精の御子…高潔なる騎士の刄…」
フィ-アの歩みが早まる。
剣を下段で構えるような姿勢で駆け出した彼女を追いスィンも走る。
戦いの場まで後数歩に迫った場所でフィ-アが叫ぶ。
「………トくん、お願い。力を貸してください…
“レギオン"…モ-ド“アロンダイト"ッ!」
フィ-アの手の中から光が生まれる。光は彼女の手を取り巻いて輪となり、更にそこから十字に光が伸びる。四方に伸びた光のうち、一本だけが更に長く伸び…
フィ-アの手に顕れたのは、かなり小柄な彼女の身の丈より遥かに大きな十字架を模った大剣だった。
「ぁぁぁぁっ!」
サイズ相応だとするなら明らかにフィ-ア自身より重いと思われる十字剣を、アルトが離れた一瞬を衝いて白ロ-ブに向かって振り上げる。
白ロ-ブは大きく後ろに跳んでそれを躱した。目深に被ったフ-ドのせいでその表情は伺えないものの、白ロ-ブから動揺が感じ取れる。
それはそうだろう。あんなもの、切れ味云々以前にぶつけられただけで身体に致命的な損傷を被るのは明白である。
白ロ-ブが見せたその隙を衝いてアルトが肉薄する。
だが、アルトの一撃は半身の捻りのみで白ロ-ブにあっさり躱される。アルトの連撃を往なしつつ、足元に落ちていた自らの剣を器用に蹴り上げて手に戻す。
鋭い斬撃でアルトを一度退かせ、返す刄が狙うのは十字剣の重量に引っ張られるように大きな隙を晒すフィ-ア。
「まず…っ」
スィンは白ロ-ブとフィ-アの間に割り込み、腰から引き抜いた短剣の背で白ロ-ブの刺突を絡めとる。
スィンの短剣の背は、刃に向かって直角に幾条もの溝が掘られ、さながら櫛のような様相を呈している。俗にソ-ドブレイカ-と呼ばれるそれは、その名のとおり相手の剣を封じ、あわよくば破壊する為のどちらかといえば防御的意味合いの強いものである。
速度はあるものの比較的見切り易い“突き"でなければ、この白ロ-ブの剣撃を受けとめるなどという芸当は為し得なかっただろう。そこは運が良かったと言うべきか…。
軽く捻ると、白ロ-ブの剣は軽い音をたててあっさりと砕け散る。間髪容れずに手首を返して斬り上げるが、踏み込みが浅く、白ロ-ブのフ-ドの結び目を断ち斬るに止まった。
フ-ドが後ろに落ち、白ロ-ブの素顔が顕になる。
「…ぇ?」
肩あたりで乱雑に切られた灰色の髪。雪のように透き通った白い肌色の、僅かに丸みを帯びた輪郭に納まるパ-ツはどれも小さめに纏まり、可憐さと精悍さという相反する要素を併せ持った…
「おんなの……!!」
白ロ-ブは剣が折られたのも、届かなかったとはいえ自分の喉元を凪がれたのも全く無視して、刺突時に踏み込んだ足を軸に、予想外の素顔に戸惑いを隠しきれないスィンに廻し蹴りを放ってきた。
咄嗟に両腕で防御する。
防御の上から白ロ-ブの細くしなやかな脚が叩きつけられる。
(………!!…冗談じゃねぇぞっ!)
小柄だから格闘戦で体重が乗せられない?そんな予想をした少し前の自分を殴りたくなった。
重いなんてものじゃない。防御の上から衝撃が走りぬけ、骨が悲鳴をあげる。更にその速さ。正直、防御が間に合ったのが奇跡に近いものだった。
「デファンスさん…っ!」
背後から声が掛かる。
何とか体勢を建て直したようだ。
白ロ-ブは上段の廻し蹴りを受けとめられた状態。回避行動に移るなら足を戻してから重心を移動させる必要がある。いけるか…?
防御を解き…
「な……ぁ!」
解いた腕の向こうにスィンが見たのは、脚を上げた姿勢のまま、僅かに撓めた脚を再び振りあげてくる白ロ-ブの姿。
今度こそ、一撃をまともに受けて吹き飛ぶ。
「が……!」
肺の空気が総て押し出され、一瞬、目の前が黒く染まる。肋骨を二、三本、持っていかれたかもしれない。
「はぁっ!」
そこにフィ-アの十字剣が襲い掛かる。
…が
「………」
白ロ-ブは振り抜いた脚を殆ど蹴りの時と変わらないような速度で戻し、踵を十字剣の腹に打ち付けた。
その蹴りの重さと、矢張り重量のせいでまともに制御できてない分もあるだろう…十字剣に引かれてフィ-アの上体が泳ぐ。
生じた隙を埋めるように横から白ロ-ブにアルトが斬りかかる。
白ロ-ブはロ-ブの下から何かを引き抜く。
武術の道具というより寧ろ美術品と言ったほうがしっくりくる程に豪奢な、黄金に輝く鞘。決して先程白ロ-ブが使っていた粗雑な剣の鞘ではないだろう。それなのに、その鞘に納まるべき剣の姿はない。
その鞘でアルトの斬撃を受けとめた。金属のぶつかり合う激しい音が響く。
一瞬の均衡…
だが、白ロ-ブは丁度脚を地に着け、フィ-アへ一歩踏み出そうとしていたところ。如何に優れた身体能力を以てしても一度ついた加速を一瞬で零にするのは不可能。そしてそれを零に出来ない限り、最善の体勢でアルトの一撃を防ぎきるのも不可能だ。今度こそ獲れる筈…。
その予想はまたも裏切られる形となった。
弾かれたのはアルトの方。どれだけの反動がかかったのか、短剣がアルトの手を離れ後方に飛ばされる。考えられないほど戦い慣れているように見受けられるアルトが、そんな簡単に武器を取り落とすような握り方をする訳がない。
だと言うのに白ロ-ブは圧されるどころか重心を崩した様子すら欠片もない。アルトの妨害などなかったかのように前進する。
素早く視線を巡らせる。
決断は一瞬。
「…ぐっ!」
体を動かすと胸部に鈍い痛み。矢張り骨が逝っているか…
(今日は厄日かよ…)
痛みを堪え、手にした短剣を白ロ-ブに投げ付ける。
もともと投擲に用いるように設計されてないうえ、特別に複雑な形状をしたソ-ドブレイカ-は、刃の先端を前にして真直ぐ飛ぶ…なんて器用な真似をする訳もなく、それでも、それなりの速度で白ロ-ブへ飛んでいく。
ある程度熟達した戦士にとって、飛んでくる矢を防ぐことは至って簡単なことであるらしい。白ロ-ブは飛んできた短剣を黄金の鞘で無造作に防ぐ。別に全力で打ち返した訳ではない。すっと掲げた鞘に短剣が当たっていった感じだ。
それなのに、飛んでいった時より速度を増して短剣が返ってきたのには驚いた。
「をわっ!」
短剣は咄嗟に頭を逸らしたスィンの横を抜け、壁に当たって転がる。
これがフィ-アの言っていた、第七の騎士とやらの力か?確かに優勢に見えたアルトの安否を憂うのも頷ける。
白ロ-ブの注意が一瞬スィンに向く。少々想定外な事象はあったが、この“一瞬だけでも白ロ-ブの注意をひくこと"こそがスィンが自らに課した役目。
「アルトッ!」
声を掛けるまでもなく、彼は既に動いていた。
短剣を弾かれた衝撃で身体が流れるのに逆らわずに、後ろに倒れるように動きつつ背中越しに左手をつき、その手を軸にして身体を旋回させて白ロ-ブの足下を払う。
注意が逸れた一瞬の、視界の外からの奇襲を白ロ-ブは軽く跳んで何とか躱すが、そこに更なる追撃。地につけた左手を発条にして身体を跳ねあげたアルトの右手が伸びる。
一撃目の足払いを空中に逃げてやり過ごしたのが仇になったようだ。空中に身体を置いている間は翼でもない限り大きな回避動作ができない。白ロ-ブは迫りくるアルトの右手に対して黄金の鞘を突き出す。
…ごぎり。
鈍く、重く…人を無意識に竦み上がらせる音。
その音が孕むは痛み。痛みからくる根源的恐怖…
鞘に触れた瞬間、アルトの右腕…本来、関節ではない部分が折れ曲がっていた…。
どんな歴戦の勇士だろうが、骨折の痛みというのは鍛練や気力で何とかなるものではない。だというのにアルトは眉一つ動かす事無く身体を白ロ-ブに向かって推し進めつつ、残った左の手刀で白ロ-ブの手首を打つ。
どうやら何らかの力を持つのは白ロ-ブ自身ではなく、あの黄金の鞘の方らしい。その手から鞘が離れる。
またも無手となった白ロ-ブだったが、アルトを一瞥すると彼の肩を蹴り飛ばして前へ跳んだ。
その先にはフィ-ア…
「な…に?」
スィンは自らの目を疑った。
フィ-アは重く大きな十字剣を蹴られた衝撃で身体を崩して…いない。
しっかりと地に足をつけ、最上段に剣を振りかぶるような構え。ただし、その手に十字剣の姿はない。先刻の白ロ-ブのように弾かれた剣を手放して身体が流れるのを防いだのか…?
いや、待て。
その剣は何処にある?
闇に目を凝らすが、少なくとも見える範囲に銀の煌めきは見られない。そもそも、あのような巨大な金属塊が地に跳ねる音を例え戦闘中だろうと聞き逃す訳がない…。だとすれば、それは何処に消えたというのか?
「“レギオン"モ-ド…」
と、フィ-アの声がスィンの思考を中断させる。彼女の声に従い、その手が光に包まれる。そして…
「“アロンダイト"ッ!」
振り下ろすその手に顕れるのは白銀の十字の輝き。
剣閃が真正面から迫る白ロ-ブを捉える。十字剣が頭上から一文字に打ち下ろされ…
「来てっ“エクスカリバ-"!」
初めて耳にする声。
スィンは声の主を目にすることは出来なかった。
突然生まれた光が、洞窟の闇を排斥して広がり全てを白に塗り潰す。更に一瞬遅れてきた衝撃波がスィンを問答無用で吹き飛ばした。―――――
がっつん!
「痛ぇ!!」
後頭部に生まれた強烈な痛みに思わず声をあげる。涙目になりつつ背後を見る。そこにあったのは冷たい洞窟の岩壁…ではなく…
額に青筋など浮かべる見慣れた顔。
「ぅ…ぁ?…姐さん…?」
「何だ?寝呆けてるのかい?もっぱつ行っとく?」
拳を振り上げて見せる彼女…スラストの向こうには忙しなく走り回る団員の姿。
スィンは頭を振り意識を覚ますと、スラストに適当な返事を返しつつ、その波に混ざっていった。
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